海外で大ヒット、強烈なiOSシンセは日本人開発のアプリだった!

ARGON SynthesizerXENON Groove SynthesizerCASSINI SynthesizerLaplace Resonator SynthesizerLORENTZ Polyphonic SynthesizerといったiPhone、iPad用のシンセサイザをご存じでしょうか?昔の音源を復刻させた、といったものではなく、一種独特な世界観を持つオリジナル音源で、ヨーロッパやアメリカではかなりヒットしたアプリです。最初の音源でであるARGONは2008年にiPhone 3GS用にリリースされたシンセアプリの老舗的存在でもあるのです。

DTMステーションでも2011年に、いち早くCoreAudio対応したアプリとしてXENONを紹介したことがありましたが、英語記述だったこともあり当時は完全に海外のアプリだと思い込んでいました。が、実はこれらのシンセサイザは、すべて種田聡さんという日本人のプログラマが独自に開発した日本発のシンセサイザだったのです。先日、その種田さんとお話しをすることができたので、どんな思いで開発したのかなどを伺ってみました。


最新のシンセ、LORENTZを持つ開発者の種田聡さん



実は種田さんをインタビューしたのは、アイドルに数多くの楽曲を提供して大活躍中の“週末音楽家”CHEEBOW(@cheebow)さんから紹介いただいたのがキッカケ。「大学時代の同級生で面白いアプリをたくさん作っているヤツがいるので、会ってみては?」と言われて、面白そうだと思ってお会いしたのでした。

その種田さん、業務用のアプリケーションを作るシステム会社で勤務した後、フリーで業務系のプログラムなどを請け負って開発するエンジニア。現在は有限会社アイスワークスという会社を作って活動しているそうですが、その仕事の一つとして、半分趣味で始めたのがiOSのシンセサイザ作りだったとのこと。いろいろと話しを聞いてみました。

--種田さんご自身は、もともとシンセはいつごろから使っていたんですか?

種田:テクノが細分化していった90年代半ば、自分もそうした音楽を作ってみたいと思って、シンセサイザをいろいろと買いそろえたんですよ。SYSTEM-100SYSTEM-100MJUNO-106なんてRolandのビンテージ機材を買ったり、KORGM1とか……。完全に趣味ではありましたが、それらを使って音楽を作って、友達に聞かせたりしていました。その当時は自分でシンセを開発するなんて思ってもいませんでしたけどね。


種田さんが2008年にiPhoneアプリとして最初にリリースしたARGON

--実際にシンセを作るようになったキッカケを教えてもらえますか?

種田:業務用のプログラムをずっと組んでいたこともあり、それまではある種Windows信者だったんです。ところが、iPhone 3GSで動くシンセサイザを友達に見せられて、衝撃を受けたんです。こんな機材でシンセサイザができるんだ!って。でも、このサイズのプログラムなら自分でも作れるのでは…と思い、すぐにiPhoneを買い、Macも購入して、開発に取り組んでみたんです。とりあえず作ってみたところ、当時のiPhone 3GSのCPUでは処理速度がめちゃめちゃ遅くて、普通にプログラミングしたのでは、単純なことしかできませんでした。そこで、コア部分はアセンブラで書くことで、なんとか使える音源ができたのです。それがARGON Synthesizerですね。3オシレーターのアナログシンセのモデリング音源であり、モノフォニックというもの。それなりに自分の思った通りのものを作ることができました。


ARGONはアメリカやヨーロッパで大ヒットアプリとなった

--当時から海外に向けての発信だったんですよね!?

種田:はい、そのころ、まだ日本ではあまりiPhoneユーザーもいなかったですし、最初から日本よりもアメリカで……と思っていました。その結果、アメリカでの反応がとてもよくて、「これは行けるかも!」と思いました。日本語での発信をしていなかったのも原因ではありますが、国内での反応はほとんどなかった一方、ヨーロッパからは「こんな機能が欲しい、あんな機能が欲しい」…といった意見も多数いただいたのです。そのため、可能な限りそうした意見をくみ上げて反映させて、アップデートさせていったのです。もちろん、技術的に難しいものもあったし、コンセプトが異なるものもあったので、これらは別にした上で、自分が納得できるものは反映させていったわけです。


第2弾アプリのXENON はバーチャルアナログのほかPCM音源やドラム機能も加えたポリフォニックシンセとしてリリースされた

--iPhone 3GSの時代ですから、シンセアプリとしてはかなり初期の時代だったわけですよね。

種田:はい、それもあって、結構ヒットしたのだと思います。もちろん、その後、いろいろなシンセアプリが登場してきたわけですが……。ARGONがモノフォニックだったので、やはりポリフォニック版を出したいなという思いは強くありました。そして作ったのがXENON Groove Synthseizerだったわけですが、その間にいっぱい出てきたほかのシンセアプリとは差別化をしたいと思い、XENONにはシーケンサを搭載したんですよ。基本的にはARGONのポリフォニック版であり、当初は4音ポリだったのを、その後5音ポリにまで拡張させています。自分としては、かなりの力作だったんですけどね、ARGONのときのような爆発的な反応はありませんでした。いっぱい競合が出てきたからなんでしょう…、そこそこの反応、売れ行きという感じでした。とはいえ、日本からはほとんど無反応だったの対し、アメリカ、ヨーロッパでは結構売れたし、いろいろな要望もいただいたのですが……。


XENONのUIはARGONでのフラットデザインが踏襲された

--普段は業務用のシステム開発をされているという話でしたが、実際、このシンセアプリ開発は事業として成り立つものなんですか?
種田:一人で運営している会社ですので、多少でも売り上げがあれば、もちろん重要な収入源にはなりますよ。業務用の請負という仕事は不安定なので、何か別の事業の柱を作らなくては……とは常々思っていましたから、これがキーになってくれたらいいな、とは考えています。まあ、それよりも自分として楽しいというのが大きいんですけどね(笑)。

ほかのシンセアプリとの差別化という意味もあり、XENONには強力なシーケンス機能が搭載された

--でも、いきなりシンセをソフトで作って、海外で大ヒットというのはすごいですね。

種田:タイミングがよかったんだと思います。また、確かに製品化したのはiPhoneが最初だったわけですが、結構以前からNative InstrumentsREAKTORを使って遊んではいたんですよ。その場限りのシンセやエフェクターを作ったりして……。その経験から、こうやって作れば自分で納得のいく音源が作れるというのをなんとなく習得していたんですよ。もともとREAKTORの存在を教えてくれたのが関根(CHEEBOW)だったんですよ。

--CHEEBOWさんは、作曲家・アレンジャーであると同時に、さまざまなプログラムを開発するエンジニアでもあるんですよね。こうしたシンセもCHEEBOWさんと一緒に作っていたりするんですか?

種田:関根は、大学が一緒だったんで、当時からいろいろ話はしてました。大学のころはまだPC-9801の時代でTool de Musicなんかを使っていた時代でしたし、その後社会人になってからCubase SXを買ったのも彼からの情報だったかもしれません。ただ、開発を一緒にしたりというわけではないんですよ。ちなみにREAKTORは今でも重要なツールとして使っており、まずはREAKTORでプロトタイプを作り、それをベースにしてiOS版を開発するという手順を踏んでいます。もちろん、あくまでもプロトタイピングであって、そこでできたものが、そのままiOS版になるというわけではありませんが……。


多くのユーザーの意見を取り入れて、かたっぱしから機能をつぎ込んだというCASSINI

--ARGON、XENONの後はどうされたんですか?

種田:2012年にiPad用にCASSINI Synthesizerというものを出しました。前二作がフラットデザインっぽいものでしたが、GUIについては海外ユーザーから文句を言われることも多かったので、違うのを出して試してみたいという思いもありました。これは、それまでにユーザーのみなさんからいただいた要望をなんでもかんでも反映させてしまったような、機能てんこ盛りシンセサイザです。この時代になるとCPUにもずいぶんと余裕ができてきたのでね。アナログ波形やFM音源的な機能も持ったオシレータを3つにエンベロープジェネレータを9つ、LFOを6つ、フィルターも2系統搭載しています。中でも凝ったのがLFOでいろいろと波形を選択できたり、WAVESHAPE機能、アクセント機能を利用できたり……。またフィルタは並列でかけるか、直列に2つ並べてかけるを選択できるようにしたほか、アルペジエーターをプログラムモードにすることで、それぞれのステップでゲートタイム、アクセントを付けたりできるなどさまざまな機能を載せています。当時はまだAudioBusがなかったので、それに近いことを自前で実現したりもしていました。具体的にはAudioCopyがオープンな機能として登場してきたので、REC機能を搭載した上で、BeatMakerなどとやりとりできるようにしました。もっとも、現在はAudioBusがあるので、REC機能などは不要になりましたけどね。


CASSINIには超強力なアルペジエータも搭載

--確かにCASSINIの機能はすごいですし、何でも網羅している究極の音源という感じがします。で、リリース後の反応はどうだったんですか?
種田:実際に出してみたところ、確かにこういうUIのシンセが好きな人もいれば、前のようなフラットデザインが好きな人もいる。みんながこれが好きという反応ではありませんでした。実際、ARGONについては、今でも「これがいい」と言ってくれる人が結構多くいますからね。CASSINIでは、やれることは一通り全部やった、という自分なりの達成感はあったので、オールマイティなシンセはもうこれでいいかな、って。だから、その後は当初の自分の思いに立ち返って、楽器として面白いものを目指すようになったんですよ。

レゾネーターシンセとしてリリースしたLaplace
--具体的にはどんなものを?

種田:CASSINIの次に出したのが2014年にリリースしたLaplaceというものです。これは減算方式のシンセサイザで、Resonator(レゾナータ)・シンセシスを基本とする物理モデリングの音源となっています。COMBフィルタを発信させて作る音源となっており、弦を擦る、はじく、管を吹くといった金属的な音色を簡単に作り出すことができるものです。


エフェクトおよびアルペジエーターはポップアップ表示される構成になっていた 

--いわゆるアナログシンセのモデリング型のものとはまったく違う構成ですね。
種田:はい。右側がコムフィルタ=レゾネータ、左側でコツコツいうクリックが出る構成で、コツコツいう音をレゾネータに通すことで発振させてシンセサイザの音になる、という仕組みです。発振されたピッチを鍵盤に連動させることで音程を付けています。まあ、こうしたレゾネータ、確かにあまりメジャーな音源はなさそうですが、レゾネータというアイディア自体はいろいろあるので、私が考えたというわけではないですよ。フィードバックのかけ方次第で、ストリングスっぽくなったり、激しい音になったりします。ただ、このレゾネータで発振させる方法だけだと、物足りなく感じたので、その音に対してエンベロープフォロワーをとる形にしていますが、この辺は少し独自かもしれませんね。CASSINIが「何でもできるから好きに音作りして」という音源だったのに対し、こちらはかなり絞り込んだもので、UIも1画面だけ。エフェクトはポップアップするけど、それだけですからね。これを出しての評価は、アメリカでもヨーロッパでも賛否両論別れました。やっぱり「難しくて分からない」という意見もあったし、「アナログシンセのような線の太さが感じられない」という意見もありました。確かにこの方式だと繊細な音になってしまうので、そういう性格の音源なのですが「音が細い」と結構酷評されましたね。その一方で「これは見たことがない」、「今まで持っている音源とは明らかに違う音だ!」といってくれる人も多く、僕としては、それまで作ってきたものの中では、より自分の作品ができたという思いが強かったですね。前のCASSINIが、機能てんこ盛りだった分、こちらはできるだけ1画面に収めたいと思って、こうしてみました。またぜひ、つまみをいじって、「こんな音が出るんだ」というのを体験してもらいたいという思いから、プリセットはほとんど入れてないんですよ。

--そして一番最近の作品がLORENTZですよね。

種田:はい、今年7月に出したばかりの最新作です。これはアナログシンセ的なものに、Laplaceで使ったレゾネータを追加したらどんなシンセができるんだろう…と模索しながら作った音源です。UI的には、完全に1画面にまとめてしまい、エフェクトのポップアップも煩わしいので、この画面に入れ込んでしまいました。フィルターもすごくこだわって作り、とにかく発振しやすくしてみたのです。今まではキレイな音を作ろうとしていたのですが、今回はあえてダーティーな感じな音作りをしやすくしています。従来のシンセでは出せない音をいろいろと作れるので、ぜひ多くの方に試していただければと思っています。


完全な1画面アプリとして収めたLORENTZ

--改めて、そのレゾネータとは何なのかを解説していだけますか?
種田:ショートディレイを、さらに短くしていくと、ビーンって音で発振しますよね。これのことをCOMB(コム)フィルタと呼んでおり、リピートするディレイタイムを音階の波形にするように調整したものがレゾネータです。もっともレゾネータ=コムフィルタだけでは音が出ないため、まずは、ここに投入する音が必要となります。LORENTZではここに入れるのがアナログシンセ的な音であり、Laplaceではクリックとホワイトノイズを突っ込んでいるのです。だからLaplaceでは、これ全体でシンセサイザというかオシレーターとなっていたのですが、LORENTZでのレゾネータはエフェクト的なもの、と呼んだほうがいいかもしれませんね。さらにLORENTZでは16ステップのアルペジエータも搭載しています。モノフォニックなアルペジエーターなのですが、自分でも結構使えるアルペジエーターになっていると思っています。

--CoreAudioにいち早く対応しただけでなく、Inter-App Audio(IAA)やAudiobusなどにも対応しているんですよね。

種田:はい、それぞれアップデートをさせることで、各種機能には対応させてきました。以前は1つのアプリにシーケンサやレコーディング……などさまざまな機能を搭載させる必要があり大変でしたが、IAAやAudioBusが登場してくれたおかけで、今後は開発もしやすくなってきました。


今後はPC用プラグイン版も作りたいと話す種田さん。将来に期待大です。

--iOS9では、当初トラブルが発生していましたよね……。
種田:その点ではご迷惑をおかけしました。iOS9ではアプリケーション側が要求したバッファサイズと、iOS側が返してくるバッファサイズに違いが生じていたため、ノイズが発生するという状況が起こっていました。その後、すぐに修正したので、現在は問題なく使っていただくことができます。

--今後の計画などがあれば、ぜひ教えてください。
種田:まだ、アイディアを温めているところですが、ぜひまた新しいシンセサイザを作ってみたいと思います。その一方で、iOS用シンセサイザだけでなく、WindowsやMac用のプラグインとしての音源も作りたいな……と思っているところです。ただiOSアプリであれば、AppStoreがあるので、販売管理やダウンロードシステムなどはすべてそこに丸投げできていいのですが、プラグインとなると、それを自分ですべて作らなくちゃならないので、大変そうだな……と。誰か手伝ってくれる方がいたら、ぜひ一緒にやってみたいなと思っているところです。実際、いま出したiOSのシンセサイザを自分自身、プラグイン版が欲しいですからね。ぜひ、この辺も進めていきたいと思っています。

--ぜひ、種田さんの新作品、期待しています。ありがとうございました。

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