野外フェスでのコンサートや武道館のような大きな会場はもちろん、小さなライブステージにおいても重要な役割を果たすステージ照明。出演するアーティストにスポットライトを当てるのはもちろん、曲のシーンによって、色や明るさが変化して、コンサートの場を盛り上げる重要な役割を果たしているのはみなさんもご存じのとおりです。
そんなステージ照明の制御にもMIDIが活躍しているってご存知ですか?そう、MIDIは演奏情報をリアルタイムに伝送する仕組みではありますが、ステージ照明の世界でも古くから使われているのです。でも、実際にどういう仕組みで、どのような使い方がされているのでしょうか?25年前の創業以来、ステージ照明関連の設計や施工を行うとともに、ここで使う各種機器の開発・製造をし、さらにはドイツのMAライティングテクノロジー社のシステムの輸入販売代理店としても活動している有限会社タマ・テック・ラボの玉田邦夫さんに話を伺ってみました。
コンサートのステージ照明のコントロールにもMIDIが活用されている
玉田さんは、会社設立前の前職を含めれば30年以上、ステージ照明の施工や設計に携わっているベテランの技術者。実はお兄さんが昔、ローランドでJUPITER-8などの開発を行っていたとのことで、MIDI誕生当初から、MIDIに興味を持って取り組んできた方でもあるのです。そうしたプロの方から見て、MIDIとはどんなものなのでしょうか?
--MIDIがステージ照明の世界で古くから使われているという話を聞いたことがあるのですが、それは本当なのですか?
玉田:そうですね。MIDIはかなり昔からステージ照明のコントロールに活用されてきました。当初はノート・ナンバーとベロシティでコントロールしていたのです。たとえば1番が赤の照明、2番が青の照明、3番が緑の照明とセットされていた場合、ノート番号、つまり音程によって1、2、3を割り当て、それぞれに送るベロシティ、つまり音の強さによって明るさをコントロールしていたのです。
--ということは、そうした照明システムにMIDIで鍵盤を接続して演奏すれば、それで照明のオン・オフを行ったり、鍵盤を弾く強さによって明るさも変えられるというわけですね?
玉田:はい、そういうことになります。もちろん、鍵盤を弾いて照明をコントロールなんて使い方はしませんけどね。また、実は現在はMIDIのノート信号で照明をコントロール、といった使われ方はしていないんです。MIDIの場合ノート番号は127までに限られますが、現在のステージはツアーモノだったり、スタジアムを使った大規模になると1万以上ということもあるので、MIDIのノートでコントロールすることは事実上不可能で、DMXというものを使うのが一般的になっています。
--DMXとは何なのでしょうか?
玉田:DMX512-Aというのが正式名称で、これも30年近く前に規格されたものなんです。5ピンのXLRケーブルを使って接続して、照明をコントロールするのですが、こちらは伝送速度がMIDIよりも高速であるのと同時に、1本のケーブルで512ch分送れるので、これが世界的にも広く一般的に使われています。ここでいうチャンネルはMIDIのチャンネルではなく、先ほどの例でいうところのノート番号に相当するものですね。つまり1本で512個の照明をコントロールできるというわけですが、実際の現場では、DMXを20本使って……なんていうケースが普通になってきているんですよ。
ドイツのMAライティングテクノロジー社の照明卓、grandMA2 Light
--そのDMXはどんな機材でコントロールするのですか?
玉田:照明をコントロールするための調光卓があり、これを使って制御していきます。知らない人から見ると、PAコントロールのためのミキサー卓と同じように見えてしまうのですが、それとはまったく別ものです。日本メーカー製、海外メーカー製などいろいろなものがありますが、当社ではドイツのMAライティングテクノロジー社の製品を扱っています。競合他社でいうと、日本のメーカーとしては丸茂電機、松村電機製作所、東芝、パナソニックなどが、海外だとイギリスのエボライト、アメリカのハイエンド・システムズやETCといったところが出していて、DMXが共通規格となっているのです。最近はDMXデータの伝送容量を増やすため、イーサーネットケーブルを利用するケースなども出てきていますが、業界間での規格統一がうまくできていないのが実情です。以前から規格を統一しようという話は出ているものの、各メーカーごとに思惑もあって、なかなかうまく行っていないんですよね。
grandMA2 Lightのリアパネルを見るとDMX用の5ピンXLR(左)とMIDI(右)端子がある
--そのDMXが照明コントロールの主流になったということは、MIDIはもう使われていないんですか?
玉田:照明を直接制御する、という意味ではMIDIを使うことはほぼありませんが、今でもMIDIはいろいろなシーンで活用されています。その一つがリモコン的に利用するCUEの呼び出しです。CUEとはステージでの1つのシーンでのライティングの動きを記録したシーケンスデータですが、1番のCUEの次に5番のCUEを出し、その次に3番で……といった指示をMIDIで行うわけです。ただし、これは規格が統一されておらず、各社ごと、各卓ごとに違った使われ方がしていますね。あるものはノート番号で制御したり、あるものはプログラムチェンジを使っていたり……。もちろん、MIDIを使わなくてはならない理由があるわけではないのですが、昔から照明の世界で使われていたものですし、ほかにそれに代わる便利な規格があるわけではないので、MIDIが使われているんですね。またMIDI SHOW CONTROL(MSC)という規格もあるので、これを使うケースもありますね。
--MIDI SHOW CONTROLって、確かにMIDI規格の中に入ってはいるけれど、今一つ何に使うものなのかわかりませんでした。これはどんなものなのでしょうか?
玉田:MIDI SHOW CONTROLはその名のとおりショー全体のコントロールを目的に作られた規格で、照明だけでなく、音響ではアンプやエフェクタの操作、映像ではビデオ、フィルム映写機、スライドプロジェクタなどの操作ができます。さらにスモーク、CO2や天然ガス、花火、火炎、昇降装置、回転台その他50種類以上のコマンドが細かく用意されており、幅広い活用が可能にはなっています。ただし、このMSCも今一つ普及していないようです。海外製品の照明卓ではMSCによるコントロールができるものがありますが、使用例は少ないようです。一方で、MIDIは音楽との同期には必須のアイテムでもありますね。
MTC利用のためにMIDI端子を使って外部のDAWなどと接続して利用する
--音楽との同期はどのようにしているのでしょうか?
玉田:以前はSMPTEを使うことが多くありましたが、最近はMIDIで同期信号を送るMTC(MIDI TIME CODE)を使うのが主流になっています。ただ、照明屋さんの場合、MIDIやネットワークに疎い人が少なくありません。本来はこうしたことをしっかり理解しておき、何かトラブルがあったら、すぐに対処できる知識を身に着けておくことが重要なんですけどね。結果として同期周りなどは音のエンジニアに頼ってしまっていることが大半のようです。これからこの世界に入ってくる若い方も含め、ぜひMIDIやネットワークの知識を身に着けて欲しいところですね。
照明卓ではグラフィカルなユーザーインターフェイスを使って照明をコントロールするためのシーケンスを組んでいく
--MIDI知識を身に着けていることを証明するMIDI検定といったものがありますが、そんな資格を持っていると、照明の世界で仕事に就きやすい、なんてことはないですかね?
玉田:MIDI検定なんていうものがあるんですね、知りませんでした。まあ、「MIDI検定の○○級を持っていれば、採用する」といった制度があるわけではありませんが、実際の現場で使われることもある技術ですから、そうした知識を持っていることは、とてもいいことだと思います。それに加え、最近はネットワーク関連の知識が求められることも増えているので、そうした知識、ノウハウはますます重要になってくると思います。当社でもそうした人材を求めているので、「我こそは」という方がいれば、ぜひお声がけください。
--ありがとうございました。
以上、音楽演奏とは直接異なるステージ照明の世界でのMIDIの使用例について見てきましたが、いかがだったでしょうか?玉田さんのお話しからも、MIDIの汎用性を実感するとともに、MIDIの知識を身に着けておくことは、いろいろな世界で役立ちそうだと改めて思いました。ちょうど年に1度のMIDI検定試験も間近なことですし、この機会にちょっとMIDIについて勉強してみてはいかがですか?
【関連サイト】
有限会社タマ・テック・ラボ
【関連情報】
MIDI検定公式サイト
一般社団法人音楽電子事業協会サイト
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