iPadが登場する前、まだiPhone 3GSの時代にリリースされたハモンドオルガンをシミュレーションするアプリ、Pocket Organ C3B3(300円)をご存じでしょうか?現在はiPadとのユニバーサルアプリであるのはもちろん、iOS8対応で、AudiobusやInter-App Audioにも対応するなど大きく進化した人気アプリの一つです。その開発者でありプロデューサである山崎潤一郎(@yamasaki9999)さんが、さらなるオルガンアプリ、Combo Organ ModelV(400円:発売記念セールスで2015年1月末まで半額の200円)なるものをリリースさせました。
1960代後半に登場して一世を風靡したコンボオルガンを忠実にシミュレーションするアプリで、これは宮地楽器の協力を得て、VOX Jaguar V304 E2(ボックス・ジャガー)という実機からサンプリングしたというもの。オルガンマニア涎垂の機材と、それを再現するアプリというわけですが、私もオルガンそのものについては、あまり詳しくないので、山崎さんと宮地楽器でオルガンやエレピなどを展示している店舗、Wurly’sの神部幸弘さんにお話しを伺ってみました。
Combo Organ ModelVと、その元となったオルガン、VOX Jaguar
DTMステーションでは、以前にも山崎さんにお話しを伺ったことがありました。その時は、「Mellotronを24/96で収録して再現したSuper Manetronの開発舞台裏」という記事での取材でしたが、ハモンドオルガン、メロトロン、そして今回はコンボオルガンと、山崎さんはビンテージ機材を次々と復刻させているんですね。
まあ解説はともかく、まずは以下のビデオをご覧ください。
どうですか?これはThe DoorsのLight My Fireという曲をCombo Organ ModelVで再現させたもの。原曲と聴き比べてみると、かなりいい感じで再現されているのが分かりますよ。ちなみに演奏しているキーボードはIK MultimediaのiRig KEYSで、右上に表示されてるギターアプリはiShred、またドラムなどのバックトラックはInter-App Audioを利用してGarageBandと連携させているようですね。
一方で、5年も前に山崎さんがリリースしたPocket Organ C3B3での演奏ビデオは以下のものです。
こちらはProcol HarumのA Whiter Shade Of Paleを演奏したものですが、オルガン音色がまったく違うのが分かりますよね。
Pocket Organ C3B3。2009年にリリースされたが、今はかなり機能強化されている
「Pocket Organを出して以来、いつかはコンボオルガンを作ってみたいと思っていました。コンボオルガンはハモンドオルガンとはまた違った良さがあるんですよ。実現させるには、実機をサンプリングして……と思っていたのですが、なかなか実機に出会う機会がないままに結構な月日が経ってしまっていました。そうした中、たまたまWurly’sにあることを知り、宮地楽器さんの協力を得ることができたんです」と山崎さん。この店内に展示されているVOX Jaguar V304 E2をサンプリングして、iPhone/iPadのユニバーサルアプリとして使えるアプリを開発した、というわけですね。
でも、そもそもハモンドオルガンとコンボオルガンってどんな違いがあるのでしょうか?その構造的な違いについて神部さんに伺ってみました。
「もともとオルガンは教会のミサで使われる楽器として発展してきました。当初は教会の建築物として組み込まれるパイプオルガンが主流だったわけですが、大きな構造であったこともあり、膨大な費用が掛かっていました。そこに、もっと手軽に導入できる電気式のオルガンとしてハモンドオルガンが生まれ、普及していったのです。構造的にはパイプオルガンのパイプの代わりに、トーンホイールと呼ばれる歯車を高速に回転させて、これをの動きをマグネティック・ピックアップでとらえるというものでした。ただ電気式とはいえ、機械的に動かしているだけにそれなりに大きなサイズにはなってしまいます。そうした中、トランジスタが発明され、これを使って電子的に音を合成して作り出そうとしたのが、このVOX Jaguarをはじめとするトランジスタオルガンなんですよ」(神部さん)。
店舗に展示されているVOX Jaguarはトランジスタオルガンと呼ばれる種類のオルガン
お二人の話を統合して分かったのはコンボオルガンというのは60年代後半に誕生したトランジスタで作られたオルガンのことで、トランジスタオルガンとほぼ同義。ドローバーを使って音作りをするハモンドオルガンとはまったく違う構造ではあり、音的にもかなり違ったため、当初は批判されることも少なくなかったようですが、価格が手ごろだったこともあり、その後、多くのミュージシャンに使われるようになり、当時のロック、プログレ、サイケデリックを構成する重要な楽器へとなっていったのです。
配色は実機そっくりに、でもフラットデザインで仕上げたCombo Organ ModelV
「私自身、昔からサイケデリックロックが好きでよく聴いていたのですが、必ずこの音が出てくるんですよ。ハモンドオルガンの音色と比較するとチープな感じですが、この音がやっぱりサイケデリックのサウンドなんですよ。だからこそ、ずっと作りたいと思っていたんです」(山崎さん)
実際、コンボオルガンが使われた楽曲としては、The AnimalsのHouse of The Rising SunやSteppenwolfのBorn To Be Wildなどが分かりやすいとのこと。私など、アンプメーカーのVOXがオルガンを作っていたこと自体初めて知った次第ですが、当時はVOX以外にもFender、Gibson、YAMAHAほか、多くのメーカーがトランジスタを使ったオルガンを作っていたそうです。
実機の操作も本体左にあるボタンのON/OFFのみ。アプリもこの操作体系を踏襲している
実際に、Combo Organ ModelVを触ってみると、使い方はちょっと拍子抜けするほど簡単。実機であるVOX Jaguarの配色をそのままにフラットデザインに仕上げたこのアプリの左上に6つのボタンがあるので、それをON/OFFするだけで音色の設定ができます。具体的にはMELLOW、BRASS、BRIGHT、FLUTEと4種類の音色があり、それぞれをONにすれば、その音が出て、複数をONにすればミックスされるという形。またBASE CHORDSをONにすると、低音鍵盤にベース音が付加され、VIBRATOをONにするとビブラート効果が出ます。
ただし設定画面には、実機にはないビブラートのレート・デプスの設定パラメータが用意されている
またCONTOURというノブで、各音色のトーン調整がある程度でき、BASS VOLUMEでベース音の音量設定ができるようになっています。ただし、全体のボリュームというのが存在しません。山崎さんに伺ってみたところ
「実機にもボリュームが存在しないので、その仕様に則っています。実機においては、みんなボリュームペダルを利用して弾いていたようですから、これもボリュームペダルを使用してみてください。もちろんMIDIのコントロールチェンジにも対応させてあるので、MIDIボリュームも効きます。ちなみに、アプリ自体でMIDIボリュームのコントロールする端子がないため、外部からMIDIボリュームをゼロにしてしまうと音が出なくなるため、その状態で弾こうとすると、その旨の警告が表示されるようにしています」とのことです。
そんなシンプルな見た目のCombo Organ ModelVですが、実は羊の皮を被った狼。iOSの最新機能がテンコ盛りの、強力なアプリとなっているんです。それもそのはず、実はこのアプリ、プロデュースは山崎さんが行っているけれど、エンジン部分の開発やプログラミングは、DTMステーションでもお馴染みの音源、bs-16iの開発者であるbismark(@_bismark)さんが行っているんです。
プレイバックサンプラーとして超優秀なアプリ、bs-16iがCombo Organ ModelVのベースになっている
「Pocket OrganやSuper Manetronの開発は笠谷真也さんにお願いしていましたが、今回はbismarkさんとの共同開発となっており、実際、中のエンジンや機能もbs-16iのものが、そのまま採用されています。そのためAudiobus対応やInter-App Audio対応はもちろんのこと、Virtual MIDI対応、さらにはBluetooth MIDI対応など、iOSにおける音源として思い当たる機能は一通り何でも装備されています。実際、内部的にはCombo Organ ModelVもSoundFontで動作しているんですよ」と山崎さんは語ります。
プログラミングをbismarkさんが担当する一方で、山崎さんが全体のプロデュースと、画面のデザイン、そしてサンプリングからSoundFont制作までを取り組んでいるとのこと。
サンプリング当日の風景。iRig HDを使い、Cubasisに1音1音録っている
「実機のサンプリングもiPadを使って行っているんですよ。オーディオインターエフィスにはiRig HDを使い、Cubasisを使って16bit/44.1kHzでのサンプリングを行っています。すべての音色、すべての鍵盤の音をサンプリングしていた上で持ち帰り、自宅のMacを使ってSoundFontに仕上げて、bismarkさんに渡して仕上げているんです」と山崎さん。
VOX Jaguarのバックパネル。ジャガーのイラストのマークも!
「実際の出音を聴いてもらうと分かると思いますが、結構なノイズ成分も混ざっていることが分かると思います。これはサンプリングした際に実機から出るノイズもそのまま取り込んだためのものですが、だからこそ、実機さながらなリアルなサウンドになっているんです。コンボオルガンをシミュレーションするソフトウェア音源は、いろいろありますが、何かキレイな軽い音になっているのに対し、このCombo Organ ModelVが、実機に近いサウンドになっているのは、そのためですね」(山崎さん)
iPhoneで動かした際のCombo Organ ModelVの画面。鍵盤は1段になるが、機能はまったく同じ
なるほど、そういわれてみると、余韻などはとくに、結構なノイズが混ざってますね。確かにこれがリアルさを出しているのかもしれません。個人的には、このSoundFontも売ってもらいたいように思ったのですが、それについて山崎さんにお伺いしたところ
「要望があれば、SoundFontを販売すること自体は簡単ですし、私自身もテスト段階ではbs-16iに自分で作ったSoundFontをセットして使っていました。が、Combo Organのサウンドを求めるような方は、電源を入れればすぐに使えるこのアプリのようなものを求めていて、SoundFontなんかに興味はないのかな……と思ってますが、どうなんでしょうか?」と笑って話します。言われてみれば確かにそのような気もしますが、興味があれば、山崎さんにSoundFont版のリリースを要望してみるといいかもしれませんよ。