お寺がスタジオ!?江戸時代建立のお寺でアイドルレコーディング!

普通、レコーディングスタジオというと、密閉した部屋に防音設備を施し、吸音材を設置して……というものですよね。ところが先日、取材に伺ったレコーディングエンジニアの山口泰さんのスタジオは、いわゆるレコーディングスタジオの対極ともいえる、開放的なスタジオ。なんと、お寺がレコーディングスタジオであり、ミックススタジオであり、マスタリングスタジオとなっているのです。

別にお寺の中に密閉した空間を作っているというわけではありませんよ。お寺を丸ごと借り切って、そこにマイクを設置したり、モニタースピーカーを設置したり、レコーディング機材を設置した上で、そのままの状態で、レコーディングエンジニアとしての業務を日々行っているのです。ちょうど、先日伺ったときは、3人のアイドルグループ、Ring-Tripがレコーディングをしているところだったのですが、どんなことになっているのか、紹介してみたいと思います。


千葉県南房総市にあるお寺をスタジオとして3人組のアイドルユニット、Ring-Tripのボーカルをレコーディング


山口泰さんは元ビクター・スタジオのエンジニアで、独立後ニューヨークを拠点にCHARACrystal KayBritney Spears*NSYNCなど、多くのメジャー・アーティストの作品に携わってきた方。9.11を契機に帰国し、現在はエンジニアとしての活動に加え、『十五夜の宴』の音楽プロデュースを行ったり、自らが主宰するユニットmonk beatでベーシストとしてプレイするなど、幅広い活動をされている方です。


レコーディングエンジニアの山口泰さん。スタジオとしても使われる本堂の前にて 

実は、私も2009年に山口さんのスタジオにお伺いしAll Aboutで記事を書いたことがありました。そのときは、築40年以上という日本家屋をスタジオにしており、なかなかユニークだな……と思っていたのですが、2年前にスタジオを引越し、現在は千葉県南房総市にある薬王寺をスタジオにしているというのです。でも、お寺がスタジオってどういうことなんでしょうか?

ここは江戸時代に作られた歴史あるお寺なんですが、法事などの行事は年に4日程度しかないので、普段はここを丸ごと借りてスタジオにしているんです。本堂でレコーディングをすることもありますが、メインで使っているのは本堂の隣の部屋。ここでミックスしたり、マスタリングしていることが多いですよ」と山口さん。


スタジオとなっている薬王寺は自然に囲まれた環境に建つ古い小さなお寺 

取材したのが冬の雨の日だったので、障子を閉めてのレコーディングでしたが、夏は蚊帳をつけて全開でレコーディングするのだとか……。「山の中でキャンプしながら開放された空間でレコーディングしているような感じでいいですよ」とのこと。でも、遮音されていない部屋でのレコーディングって、外部からのノイズなどを含めて問題にならないのでしょうか?


お寺でボーカルのレコーディングをしていたRing-Tripのみなさん。左から松下亜樹さん、山本香澄さん、賀澤りえ奈さん 

ボーカルを録っているときに、小鳥の声が入ったりして、それはそれでいい感じなんですよ。コンデンサマイクでHi-Fiな音で録るとしたら、確かに問題があるかもしれません。でも現在のデジタルレコーディングの時代、ダイナミックマイクで録るほうが、疲れない気持ちいい、暖かいサウンドになるんですよ


歌いやすい位置にダイナミックマイクをセッティング

S/Nよりもアーティストの気持ちをどう盛り上げるかのほうがレコーディングにとっては大切です。自然に即した環境の中で歌っていると、のびのびとした声になってきて、結果的にいいサウンドになるんですよ」と山口さんは語ります。


畳と障子という和室のスタジオだからか、のびのびと歌ってレコーディングしていた 

普通レコーディングする際は、コンピュータのファンの音、エアコンの音、そして隣から漏れる音……といろいろと気にしながらピリピリとした雰囲気になりますが、今回レコーディングしている、Ring-Tripの3人も「最初は慣れない雰囲気で戸惑ったけど、レコーディングしているうちにすごく馴染んできました」「畳の部屋で、すごく落ち着いた感じだから、気持ちよく歌えました」「不思議とのびのびと歌えるんです」と口々に話します。なるほど、これがお寺の癒し効果なんですかね。


そもそもコントロールルームとブースというような分離がないレコーディング環境

また、傍から見ていても面白いのは、コントロールルームとブースなんて切り分けが存在しないこと。写真を見てもわかるとおり、山口さんがPro Toolsを使って操作している目の前で歌っているんですからね。トークバックなんて機能は一切必要なく、「もう1回、もっと多くの人たちに伝えようという気持ちで歌ってみよう」なんて指示を目の前で出せるし、その結果を直接感じられますからね。まさに、アーティストとエンジニア、またそこにいるプロデューサーなども一体となって音楽制作ができる、なんとも不思議でありつつも、とっても自然な感じのスタジオです。

Digi002+Pro Toolsという環境でレコーディングをする山口さん

ちなみにレコーディング機材としては、以前取材したときと同じ、Digi002Pro Toolsという組み合わせで、静音PCであるMac miniを使っていました。が、実はちょうど機材のリプレイス中で、間もなくオーディオインターフェイスはRMEFireface 802、コンソールにAvidArtist Mixを使い、Pro Toolsも最新のPro Tools 11を新型Mac miniにインストールして使うそうです。


レコーディング機材をRME Fireface 802+Avid Artist Mixへのリプレース中 

ところで、海外だと教会の反射音によるリバーブ効果を利用したレコーディングはよく行われていますが、ここはそんなハッキリしたリバーブではないものの、心なしか気持ちいい響きを感じます。

ここの反響は最高!なぜかというと、仏教では『言霊(ことだま)』なんていいますが、言葉を使って悲しみを持つ人たちを慰めていくわけですが、そのお弔いにおいて響きを加味した状態で癒していくのです。お寺はそのための建物なので、非常にいい響きを持つように設計されているからです。お坊さんたちも『ここは自分の声がよく響くよね』なんてことをよく話していますが、お寺とはお経を読む上での最高のスタジオなんですよ」と山口さんは教えてくれます。


本堂でアンプを響かせてベースを弾く山口さん。お寺の住職さんではないそうです(笑) 

ちなみに山口さん、この雰囲気で、monk beatなんてユニットをやっているので、「ここの住職さんなの?」なんてよく言われるそうですが、どっちかというと神道であって、仏教とは関係ないのだとか。「でも、きっと前世はお坊さんだったんですよ」と笑って話します。

こうしたお寺の音響空間はレコーディングにも適している一方で、ミックスやマスタリングスタジオとしてもとてもいいのだとか…。「ここはマスタリングをする際にも、とても音が見えやすいんですよ。夏は開放して作業するのですが、集中力が断然上がりますね。無機質な地下のスタジオで作業するのと、外の風を感じながら集中するのでは、自分のパフォーマンスにも大きな違いが出てきます。これは今歌っているRing-Tripの子たちを含め、ここで、歌ったり、演奏するアーティストにとっても同じです」とのこと。

実際に、ここでミックスしてリリースされた最近の作品としては上記のような作品があります。お寺でディズニーの曲というギャップが面白いですが、とってもいい感じですよね。このRing-Tripのアルバムも、この後、このスタジオでミックス、マスタリングして春にリリースするとのことですが、このスタジオでも最近24bit/96kHz、さらにはDSDでの作品作りをすることも増えているのだとか。直近でいうと、e-onkyo musicからリリースされた「Women’s Liberation HR Part 」というアルバムがそれ。


鳥山雄司さんプロデュースの『Women’s Liberation』はお寺でミックス・マスタリングされたハイレゾ作品

この『Women’s Liberation』は鳥山雄司さんプロデュースのハイレゾミックスで、こちらのスタジオで行いました。こちらはミックスだけでなくマスタリングも担当しており、特にCHARAさんの歌う『あなた(The Load’s Love)』はお勧めです」とのこと。マスタリング機材にはTASCAMのクロックジェネレーターCG-1800とマスターレコーダーDA-3000が使用されているとのことです。

もっとも、山口さんは、常にこのお寺に籠って作業しているというわけではありません。週のうち半分は都内に出かけ、都内の各所スタジオでレコーディングをしています。
都内での出張レコーディングの際も、必ず花を買って持っていくようにしているんです。自分をリラックスさせるのにいいですからね。いかに癒しのムードを作り出して、アーティストそしてエンジニアのパフォーマンスを発揮させる。そろそろ、そういうところを注目したスタジオを運営すべき時代になってきているんじゃないですかね

そんな山口さん主宰のユニット、monk beatによるインスト曲「カノン」は、お寺の畳を叩く音から、お堂に満ちる豊かなヴィブラフォンの響きなど、お寺を使用したスタジオならではの温かい音響を実現していますので、ぜひYouTubeでお楽しみください。

今回、この薬王寺のスタジオでレコーディング、ミックス、マスタリングされたRing-Tripの新アルバムがどんなサウンドになるのかも楽しみですね。


襖をバックにレコーディングしたサウンドがどんなものになるのか楽しみです!
【関連情報】
monk beatサイト
monk beat studio

Ring-Trip Official Site

【関連記事】
エンジニアの自宅スタジオ訪問~山口泰氏(All About)

モバイルバージョンを終了