今年に入ってから、マクネナナ、kokone、メルリ、MEIKO V3、杏音鳥音……と、VOCALOID3製品が続々と登場してきています。その中で今回注目してみたいのがマクネナナ。中の人を声優の池澤春菜さん(@haluna7)が担当していて、日本語・英語のバイリンガルVOCALOIDだ、という話は聞いていたのですが、どんな経緯で生まれ、どんなコンセプトの製品なのか興味があったので、問い合わせてみたところ、池澤さん含めインタビューに応じてくれるという話になったのです。
聞いてみると、池澤さん中心に構想5年、制作期間5か月で開発されたという、ほかではあまり聞かない面白い製品。また実際に歌わせてみると、調教なしのベタ打ちで上手に歌ってくれる、とても素直な製品でもあるのです。そもそもどんなキッカケでこのプロジェクトがスタートしたのかなど、池澤春菜さんと、制作に携わった、しんくまさんに聞いていていきましょう(以下、敬称略)。
※追記 2015年6月5日
VOCALOID STOREの閉鎖に伴い2015年6月4日よりAHSストアでの販売へ切り替わりました
マクネナナは元々、池澤春菜さんの連載記事がキッカケとなって生まれた
--マクネナナが生まれたキッカケというのは、どういうことだったのですか?
池澤:私、筋金入のMacユーザーでして、雑誌「Mac Fan」で「池澤春菜の天声姫語」という連載を2005年8月から続けていていたのです。いろいろな話題を書いていたのですが、5年くらい前、初音ミクが華やかになってきたころに、「VOCALOIDは全部Windows、MacにもGarageBandはあるけれど、何かできないんだろうか?とりあえず自分たちで作ってみたらいいじゃないか!」と思い立ち、連載でそのことを書いてみたというのがキッカケです。でも、そもそも初音ミクがどんな仕組みなのか、まったく知識もなく、どうすればいいのかまったく分からなかったのですが、とりあえず音声素材集を作ることにしたんです(笑)。
--音声素材集って、どんなものだったんですか?
池澤:編集部の会議室を使い、普通にMacBookProに向かって、「あ」、「い」、「う」、「え」、「お」とかセリフを付録音してみただけで、これをGrageBandに読み込ませて動かしてみたところ、とってもたどたどしいんだけど、意外といい感じで歌ってくれたんですよ。何か幼気な感じで、楽しいね、って。
--それは公開されたんですか?
池澤:このときは、バージョン0ということで、素材そのものは公開していないけれど、それをGarageBandに読み込んで歌わせたものは、ムービー化してWebで公開したことがありました。その後、何度か収録を繰り返しながら、そのネタで連載記事を書いていたんですね。
あかつきごもく先生、書下ろしのキャラクタ、Mac音ナナ=マクネナナ
--すごいですねぇ。編集部が絡んでいるとはいえ、声優さん、女優さんのやる仕事の域を大きく逸脱してますよね(笑)。
池澤:ん~、まあ、とっても面白かったですからね。でも、だんだん真剣にやって、クオリティーを上げようと思うと、さすがに会議室での録音では限界もでてきました。私たちの手に負えないところになってきたので、プロの手を借りようということになり、編集部を通じてエムアイセブンジャパンにいた、しんくまさんを紹介してもらったんですよ。また、キャラクタとしての姿かたちもしっかりした絵がなかったので、あかつきごもく先生に参画していただき、このキャラクタが誕生したんです。私自身が1ユーザーとして欲しいものを作ろうと、本格的なプロジェクトになっていったのです。そう、当初、「Mac音ミク(マクネミク)」なんて適当に呼んでいたのですが、その時点で正式に「Mac音ナナ」と命名しました。
インタビューに答えてくれた、しんくまさん
--なぜ「ナナ」??
池澤:エムアイセブンの7と、私がナナとよく呼ばれていたので、そこからとっているんですよ。そこから技術的なところは、しんくまさんにお任せしていました。
しんくま:とりあえず、しっかりした環境でレコーディングしてみようということで、録っていったのです。具体的には50音の各音ごとに単音で3音程でレコーディングし、それをキレイに整えた上で、AIFFのデータとして保存してライブラリ化していきました。またAIFFの場合、GarageBandなどで使えるメタデータが埋め込めるので、音程情報なども埋め込み、製品化したんです。
--なるほど、VOCALOIDとはまったく別だけど、AIFFの音素材として出したというわけですね。
しんくま:当初は、act2さんで扱ってもらい、1つ980円という、まさに実費程度の値付けですね。
池澤:実際に歌わせてみると、やはり会議室で作っていたものとは大きくことなり、予想していた以上にしっかり歌ってくれました。ただ、やはり自分の歌とはまったく違う歌声という印象ではありました。とくに表情は付けず1音1音、クッキリと発音して録音していったからかもしれませんね。その後、Mac音ナナの家族を増やしてみようと思い、妹バージョンであるMac音プチを作りました。ナナがしっかりした声なので、子供っぽい声のライブラリですね。その後、さらに家族を増やそうということになりましたが、さすがに私一人では限界もあるので、お姉さんであるMac音ココには声優の井上喜久子に参加していただき、白ココと黒ココという双子の設定でのライブラリを作り、さらに、お父さんであるMac音パパは中田譲治さんにお願いしました。そして最後に作ったのはウィスパー☆エンジェルささやきさん。これはMac音プチが魔法少女に変身した姿という想定で私が担当しています。
しんくま:2~3年かけてシリーズとして作っていき、Mac音.netを立ち上げたことで、ここからの発売に移管しました。池澤さん担当のものは980円、井上さん、中田さんにゲスト参加してもらったものは1,980円という、いずれも低価格での提供で、現在も販売しているんですよ。
--実際、評判はどうだったんですか?
池澤:いろいろな方が使ってくれて、作品もニコニコ動画などにどんどん上がっていったので、楽しかったですね。GarageBandやLogicで作品を作ってくれた方がいた一方で、Windowsで使ってくれている方も多かったようですよ。
しんくま:Macユーザーに限定していたわけではないし、普通のAIFFだからこれをUTAUに読み込ませて使うケースが結構ありました。当時、プロの声優さんの素材集というのは、まだ珍しかったので、ウケたんだと思います。
池澤:発売されてすぐのころに、「NA☆な! Mac音ナナ」というオリジナル曲も登場してきて驚きました。さらに耳ロボPさんがの「耳のあるロボットの唄」という曲を上げてくれて、とっても気に入ったので、その後、私のアルバム「Quatrequarts-カトルカール-」の中でもカバーさせてもらったんですよ!
オリジナル曲として登場した「NA☆な! Mac音ナナ」。現在の公式デモソングの元ネタとなっている
--そうした話もMac Fanの記事に掲載していったんですね。
池澤:はい、いろいろなネタを織り込んでいきました。さらに、従妹のお兄ちゃんも作ろうか……なんて話をしてたときに、しんくまさん、編集部から、すごい情報が入ったんです。「ついにVOCALOIDがMacに対応する」って。さらには、「Mac音ナナをVOCALOID化しないか?」って。遠くにある憧れているお城が、向うからやってきちゃった感じですよ(笑)。諸手を上げて、ぜひお願いします!ってね。でも、すごい下剋上というか、成り上がりというか……、よくここまで来たな、と。
しんくま:ただ1つ大きな問題があったんです。そもそもが雑誌の企画がベースとなっていたので、予算がなかったんです。ヤマハと相談してみたところ、「既存のVOCALOIDライブラリを出しているインターネットさん、AHSさんにお願いしてみては?」という返答ではあったけど、お金がないから「作ってください」といえる状況にありませんでした。ただ、私自身、レコーディングや音の編集に関しては、それなりに経験もあるし、VOCALOIDの開発チームには知人もいるので、人に頼まなくても自分でできるのでは……と思いチャレンジすることになったのです。
レコーディングに使われた機材。メインで録音用に使ったのはRMEのFireface UFX
--誰かスポンサーがいるわけではなく、自分でやっちゃう!?
しんくま:そうですね。スタジオはここにあるし、自分で作業すれば出ていくお金があるわけではないですから……。いろいろ情報収集したり、ヤマハとのやりとりなどもしていましたが、いざ自分でやるぞと決まったのが昨年の6月末。いろいろな段取りなどを決めていく中、また問題が出てきたのが流通です。既存のパッケージ流通をしようと思うと、やはり資金が必要になってくるので無理。そこでVOCALOID製品全般を扱うVOCALOID STOREを運営しているビープラッツに相談し、ここから出すことが決まったのです。当初はダウンロード販売だけを想定していましたが、ビープラッツから「パッケージも作りましょう!」というお声掛けをいただいたので流通に流さず、VOCALOID STOREでのみの販売という形でパッケージも作ることになったのです。
パッケージ版のマクネナナ。オマケディスク付きのDVD-ROM、3枚組
--そうそう、もうひとつ伺いたいのが英語版についてです。マクネナナって、日本語に加えて、英語の歌声ライブラリも入っていますよね。これはどういう経緯なんですか?
しんくま:マクネナナの話を出した際、いろいろな方から「池澤さんってマルチリンガルのイメージだから、英語版もぜひ作ってみては?」という声をいただいたので、チャレンジしてみることにしたんです。
池澤:もともとあったMac音ナナを録り直すだけじゃ、つまらないので、プラスαということで英語版にもチャレンジすることにしたのです。
しんくま:6月末の時点で英語版も作ろうということが決まると同時に発売を今年1月と設定したのです。しかし、会う人、会う人みんなに、そのスケジュールは無茶だ、と言われました。日本語版だけならまだしも、英語版も入れてできるわけない、と。とはいえ、この企画商品、1年先、1年半先のリリースでは遅すぎます。ある程度見切り発車ではありましたが、ヤマハからもGOサインをいただき、着手したのです。
--池澤さんの声は、ここのスタジオで録ったわけですか?
池澤:は、ちょうど夏の暑いシーズンでね……。収録のときは、エアコンを止める必要があったので、暑くて大変でした(笑)。日本語版のほうは、なんとか1日で収録を終えたけど、英語版のほうは録り直しもあって、トータル5日間くらいかかりましたよ!さらにオマケの中国語なんてのもあって……。
--中国語?
しんくま:池澤さん、中国語もしゃべれるので、それもチャレンジしようとしたんですよ。ただ、中国語は母音・子音の数が多いだけに、英語よりもさらに収録数が多く膨大になるし、まだ国内では中国語VOCALOIDを録ったり編集した実績がほかになく、情報も少ないためにプロトタイプ作りくらいで、一旦止めました。
池澤:中国語はしっかり勉強したわけではなく、なんとなく馴染みがある程度なんです。そのため、中国語ネイティブの知人に立ち会ってもらい、テスト版を少し録音したのですが、それでも1日かかってしまうなど、かなり大変でした。あ、英語については、母に監修をしてもらってレコーディングをしましたね。
しんくま:中国語も諦めたわけではないのですが、時間がない中、そこまで手を広げるのは困難なため、今後どうするか検討中です。
--そこからは、しんくまさんの編集作業ということですね。
しんくま:はい、8月下旬から編集作業をスタートしたのですが、初めてだったので、かなり試行錯誤が続きました。ただ1月リリースの場合、11月下旬にはヤマハに納品する必要があったので、実質3か月しかなかったのです。とはいえ、VOCALOIDで生活しているわけではないので、仕事の合間に編集をするという状況。ただ、それでは時間的にまったく間に合わず、後半はずっとスタジオに泊まり込みながら作業をし、VOCALOID編集の合間に本来の仕事をする、という状況でした。結局1日15時間くらいのペースで作業をしていたから、トータル1,000時間くらいはやったと思いますよ。
--結果的に1月に発売されたから11月末で間に合ったということですか?
しんくま:はいギリギリ滑り込みセーフでした。やったことのない作業だったため、何度もやり直しをし、結局日本語版のリビジョンが6、英語版は11ですから、それだけ作り直した、ということですね。とくに英語版は苦労しましたね。池澤さん、いろいろな言語が喋れるだけに、英語も、ネイティブなキレイな英語というよりも池澤さん独特の英語の発音であり、そこに味があったりもするんです。そもそも、マクネナナの企画として、キレイな発音のVOCALOIDを作るのではなく、池澤さんの歌唱を再現したいというのがコンセプトにあったので、無理な強要はせず、日本語も英語もなるべく自然に歌ってもらいました。
池澤:キレイな英語で歌うVOCALOIDはいろいろいるし、今後も出てくるだろうけど、マクネナナ固有の歌声を実現してくれればいいな、って。
マクネナナの公式ソング、「Na☆な! マクネナナ」
--実際に出来上がったマクネナナをVOCALOIDで歌わせてみてどうでしたか?
池澤:素材集のMac音ナナのときは、自分の声という感じはしませんでしたが、VOCALOIDのマクネナナのほうは、ビックリするくらい私になりましたね。ほかの人が作った作品を聴いても、自分が歌っているような錯覚をするほどですね。
--いろいろな人が作っている作品、聴いているんですか?
池澤:もちろんですよ。しょっちゅう検索しては、新曲をチェックしていますよ。TwitterでもRTとかしてます!
マクネナナでの歌唱は自分の歌声ソックリと話す池澤春菜さん
--なるほど、マクネナナで曲を作ってツイートなどすれば、ちゃんと池澤さんに届くということですね!ところで、ひとつ気になったのが、なんで「Mac音ナナ」が「マクネナナ」になったんですか?
池澤:そこには深い理由が……。実は、VOCALOIDの発売直前になって、担当編集者が異動になったこともあって、連載が急に終了してしまったんですよ。その後、編集部とも協議をしたのですが、「スピンアウト企画としてリリースしてください」ということで、Mac Fanのブランドも使わないことになってしまい、名前もオールカタカナのマクネナナに改名したわけなんです。
--なるほど、それはちょっと残念なところですね……。とはいえ、まだこれを発売して終わったわけではなく、さっきの中国語の話など、動きがあるかもしれないんですよね。
しんくま:そうですね。最近はフランス語版なんて話まで登場してきていますよ。まあ、現時点、VOCALOIDはフランス語に対応していないので、難しいんですが、フランスのコミュニティーーで、フランス語ボカロを作ろうという「VoxWave」というプロジェクトができいます。有志が集まってのプロジェクトだから、感覚的にマクネナナの当初に近いイメージです。そのプロジェクトには、PowerFXからリリースされているYOHIOloidやOliverの開発者が協力していて、面白そうなので私もプロジェクトを支援する方向でやり取りを交わしています。すぐに、何か大きな動きがあるわけではないのですが、池澤さんもフランス語が得意なので、いつかマクネナナのフランス語版なんかも作れたらな…と考えているところです。
--ありがとうございます。最後に、池澤さん、DTMステーションの読者にメッセージをいただけますか?
池澤:マクネナナを初めて知ったという人も、VOCALOIDはまだ使ったことがないという人でも、簡単に使え、調教なしでちゃんと歌ってくれるVOCALOIDです。ぜひ、多くの方に使っていただければ、と思っているので、よろしくお願いします。
【関連サイト】
マクネナナ販売サイト(VOCALOID STORE)
マクネナナ販売サイト(AHSストア)
Mac音.net
VoxWave