DAWを使う上で必ず登場してくるプラグイン型のソフトシンセ。さまざまなメーカーからいろいろな音源が出ているから、まさに音色は選び放題。でも「既存のプリセット音色を選ぶだけで物足りなさもある」、「自分でエディットできればいいけど、パラメータが多すぎて、何が何だか分からない」、「使いたい音源は複数あるけど、それぞれのパラメータを覚えるなんて現実的じゃない」……そんな風に思っている人は少なくないと思います。
でも、中には、新たに登場したばかりの音源を、事もなげにすぐ使いこなしている人もいますよね。それは鍵盤が弾けるかどうかというプレイ技術という部分ではなく、シンセサイザの基本を知っているからなんです。そして使いこなしている人の多くは、ハードウェアの、しかもアナログシンセを触ってきた人だと思います。そう、昔からあるアナログシンセに現在の最新デジタルシンセの基礎が凝縮されているといっても過言ではないからなのです。実際、アナログシンセを触ることで、楽しみながら、そして短時間でシンセサイザの基本を習得することができます。これまであまり、アナログシンセを触れる機会はありませんでしたが、昨今のアナログブームで状況も大きく変わりました。そうした中でも、特にシンセサイザの基本を身に着ける上で大きく役立つのが、KORGと米littleBits社のコラボレーションで開発されたSynth Kitです。単に学習用、ガジェットということに留まらず、アナログ音源としても非常に強力で、楽器としても大きなパワーを持つ機材なので、改めて取り上げてみたいと思います。
シンセサイザの知識を身に着ける上で最適な教材ともいえるlittleBitsのSynth Kit
littleBitsのSynth Kitは以前「磁石でつながる電子ブロックみたいなシンセ、littleBits Synth Kit」という記事でも取り上げているし、多方面で話題になった製品なのでご存じの方も多いと思います。もし、知らないという方は、ぜひ以下のビデオをちょっとご覧になってみてください。
どうですか?ちょっと不思議なアイテムですよね。この動画を見るとわかる通り、いろいろある部品を磁石でつなげるだけでシンセサイザを組み立てることができ、実際に演奏もできるし、音色も変えることができるようになっているのです。適当に接続しても壊れる心配はなく、正しい形でのみ磁石でつながり、間違った接続の場合、磁石が反発しあって、つながらないようになっているんです。これなら、オモチャみたいだし、誰でも簡単に触れそうですよね。
パーツの端に磁石と電極があり、正しい方向であれば、ピッタリとくっつくようになっている
実際、発売元のKORGでは子ども向けのセミナーなども行っているようで、小さい子たちでも、シンセサイザによる音作りや演奏を楽しむことができているそうです。参加した子どもによって、作る構成もかなり違い、そんなところにも個性が出てくるということですが、本来シンセサイザって、そのくらい簡単で楽しむ使うことができるものなんですよね。
そのlittleBitsのSynth Kit、パッケージを開けてみると、全部で12個のパーツが入っています。最初は何をどうすればいいのか分からないかもしれませんが、ここにはとっても分かりやすいマニュアルというか、解説書が入っているのが大きなポイントです。
マニュアルの絵の通りに組み立てると、シンプルに音が出てくる
絵のとおりに、パーツを磁石で接続して、スイッチを入れるとそれだけで音がスピーカーから飛び出してきます。小さいスピーカーなんですけどね、結構大きな音量で、しかもかなりな低音まで出てくれるから楽しいですよ。普通デジタルのシンセサイザではあり得ない(?)、1Hzとか2Hzといった低音というかブチブチの信号音まで出してくれますからね(笑)。
もっとも単純な構成は、オシレーターをスピーカーに接続するだけのもの。電源を入れると、ピーとかプーとかいうだけで、音を止めることすらできないのですが、pitchやtuneのボリュームをいじることで、音程を変えることができるし、squreとsawのスイッチを切り替えることで、かなり音色が変わることが実感できるはず。これこそまさにシンセサイザの基礎の基礎であり、触って音を出すことで体験的にどんなものなのかを習得できるはずです。
さらに、オシレーターの後ろ側にフィルターをつなぐことにより、音色を大きく変化させることができます。cutoffとpeakという2つのパラメータを持っているのですが、これによってどういう音の成分をカットして、どういう成分を通過させるのか、という役割をする、まさにフィルターであることが実感できるはずです。
音色づくりに欠くことのできないフィルターはKORG MS-20後継型で採用された本格的な回路で構成されている
ちなみに、このフィルターは「KORG MS-20後期型」で使われているのと同じ回路とのことですから、まさに本気の楽器でもあるんですよね。たとえば、コルグのシンセの名機をソフトシンセ化したKORG Legacy Collectionには、その名もズバリ「MS-20」があります。このMS-20の画面中央部分にはVOLTAGE CONTROL LOWPASS FILTERというのがありますが、まさにこの部分ですね。逆にいえば、Synth Kit自体がかなりクオリティーの高いモジュールで構成された、高品位なシンセサイザである、ということなんです。
KORG Legacy CollectionのMS-20とSynth Kitのフィルターはほぼ同じ動作をする
このMS-20、数多くのパラメータがあり、複雑なことはできますが、基本的な構成として
Synth Kitで身に着けた知識が使えるのは、もちろんMS-20やKORG製品だけではありません。機種やメーカーに関係なく、いろいろなソフトシンセでも使い方、考え方で応用することができるのです。もちろん、PC上のソフトシンセに限らず、iPadやiPhone用のシンセサイザでも同じで、Synth Kitで覚えたモジュールが、そのままの形で入っていたり、ヒントとなる形で入っているのです。
iPad用のシンセサイザ、KORG iPolysixを見ても、オシレーター、フィルター、エンベロープなどがある
またSynth Kitの中には、前述のオシレーターだけは2つ入っています。これを横に2つ並べるとFM音源という構成になるんですね。よくシンセサイザの名前に登場してくるYAMAHAのDX7も、このオシレーター2つの構成が基本となっています。「あれ?DX7とかのFM音源ってデジタルでしょ?」と思う方もいると思いますが、基本的な考え方はとってもアナログなんですよ。
DX7をモチーフに作られたiPadアプリ、DXi。この音作りだってSynth Kitで基本が学べる
さらに、このオシレーターの片方のpitchを思い切り下げていくと、数Hz~100Hz程度の低い周波数にできるのですが、ここまで低い信号を出すオシレーターのことを、一般にはLFO=Low Frequency Oscillatorと呼んでおり、ビブラートやトレモロを発生させる装置として利用します。
オシレーターをLFOとして機能させてフィルターに掛けることで、ビブラート効果が得られる
先ほどのフィルターは、左から右へと信号を流すだけでなく、上からも信号を入れることができるので、上からLFOを入れるとビブラートをかける効果を出すこともできるんですよね。
ディレイも単なるエフェクトとしてだけでない、さまざまな活用方法がある
さらにディレイというエフェクトのパーツもあるので、エフェクトの意義も見えてくると思うし、エフェクトをシンセサイザーの出音に掛けるだけでなく、オシレーターとフィルターの間に置いたらどうなるのか、さらにはオシレーターの手前に設置したらどうなるのかなど、普通のシンセサイザーの構成にはあり得ないような組み合わせの実験もできてしまうので、面白いと思いますよ。
マニュアルには、結構複雑な応用例も記載され、その動きが解説されている
このように1つ1つのパーツはとっても単純な機能で、パラメータの意味もすぐに覚えられてしまいます。でもこれを組み合わせていくことで、本当にさまざまなことができ、いろいろな音を作り出すことができるし、各パラメータがどう機能しているか、手を動かしながら、音を聴きながら実感することができ、意味を理解することができるようになります。そして、その知識は、ソフトシンセの世界でも、そのまま適用することができるので、数時間Synth Kitに慣れ親しめば、ソフトシンセがまったく違うものとして見えてくるはずですよ。
オーディオ出力をオーディオインターフェイスに接続してDAWへレコーディングしていくという手もある
ちなみに、このSynth Kitの音、使っていくとかなり使える音だ、と感じられると思いますが、スピーカーの横にはオーディオ出力端子も搭載されているので、これをオーディオインターフェイスの入力に接続すれば、DAWでレコーディングしていくことも可能です。MIDI端子はないから、同期することまではできませんが、Synth Kitのキーボードを使って演奏したり、シーケンサ機能で4ステップの自動演奏は可能ですから、これをDAWに入れて、サウンドにアクセントを与えるということもできるはずです。
シンセサイザの勉強にもなるし、実際の音源としても大きな魅力を持つSynth Kit。シンセサイザに興味を持っている人なら1つ持っておいていい機材だし、場合によっては2つとか3つとか持って組み合わせて使っても楽しい機材ですよ。
【製品情報】
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