先日の記事「知識・経験ゼロでも、すぐ作詞作曲体験できるVOCALOID firstで遊ぼう!」でも紹介したとおり、ヤマハからVOCALOID/DTMの初心者向けのiPhone音楽制作アプリ、VOCALOID firstが無料でリリースされました。実際に試した方であれば分かる通り、数分もあれば作詞・作曲ができてしまうというのは、なんとも不思議で、とっても楽しい体験です。
これまでの初心者向けDTMソフトとはかなり異なる発想のこのアプリ。やはり、開発したのは、楽器業界、DTMソフト業界の人ではありませんでした。ヤマハがプロデューサーとして迎え入れたのはメディアデザイナー、ゲームクリエイターとして知られる水口哲也さん。水口さんには以前も「VOCALOIDエンジンを使ったsinging synthesizer、MV-01とは?」という記事でインタビューしたことがありましたが、VOCALOID firstのリリースに当たり、またお話を聞くことができたので、どのような発想で開発したのかなど伺ってみました。
ご存じの方も多いとは思いますが、水口さんは音楽や映像を共感覚的に融合させる作風を持ち味とするクリエイターで、ゲームの代表作としては『セガラリー』(1994)、『スペースチャンネル5』(1999)、『Rez』(2001)、『ルミネス』(2004)、『Child of Eden』(2010) などがあります。これらのゲームをやってきた方なら、水口さんの世界観がなんとなく分かるのではないでしょうか?
また水口さんは、ゲームクリエイターとは別の顔も併せ持つ人。そう、音楽ユニット「元気ロケッツ(Genki Rockets)」のプロデュースをはじめ、作詞家・映像作家としても活躍している人だからこそ、VOCALOID firstのようなアプリの開発ができたんでしょうね。
今回、お話を伺ったのは、水口さんと、開発ディレクターの石毛栄一郎さん、それにヤマハ側の担当である大島治さんの3人。そう、前回のMV-01開発のインタビューをしたお二人と「ボーカロイドの叔父」としてお馴染みの大島さんです。まずは、その辺の経緯から伺っていきました。
--NSX-1搭載の音楽専用Androidマシンとして登場するはずだったMiselu neiro、個人的には非常に楽しみにしていたので、結果的にペンディングになってしまったのは残念でしたが、そのneiro上で動いていたVOCALOIDアプリであるMV-01は斬新で面白かったですね。MV-01の開発終了後、すぐにVOCALOID firstのプロジェクトがスタートしたのですか?
水口:終わってしばらく間はありましたよね……。
大島:MV-01はもともと商品化するためのアプリではなく、VOCALOIDを用いて何か新しい表現ができないかを模索するプロトタイピングでした。Google I/Oというアメリカでの開発者向けイベントに出展することを目指して開発していったのですが、この中で、水口さんとは、いろいろなことができそうだ、という感触を持ったのです。
水口:その後、大島さんから「ライトユーザー向けに門戸を広げることができないだろうか?」という相談を持ち掛けられ、一緒にいろいろとリサーチをしていきました。
--ライトユーザー向けに門戸を広げるというのは、どういう意味ですか?
水口:VOCALOIDを使いこなしている人たちがいる一方で、「できれば作ってみたいけど、自分にできるはずもない」と一歩を踏み出せない人たちが一杯いるのではないかと、仮説を立ててみたんです。リスナーと作者の間にいるボーカロイド予備軍とでもいうんですかね…。簡単なユーザーインターフェイスで、指一本、ワンタップでボカロが作れる、そんなアプリがあったら、面白いよね、と。
大島:水口さんたちと、昨年夏から年末くらいまで、ずっとそんな議論をしていたんですよ。ユーザービリティとかインタラクションの体験とか……、でもその世界、ヤマハは素人なので、プロの意見を伺いながら議論をしていったわけです。
水口:こうした議論、設計をしていくときに、仮説をもとにワークモデルというかデモを作るというのが僕らの中での鉄則。実際出てきた意見を元に、いろいろと作っていきました。まさにトライ&エラーの繰り返しでしたね。実際に開発をしたのは、僕と石毛、またそのほか何人かのメンバーですが、みんな昔から多くのゲームソフトを一緒に作ってきた仲間ですね。
--たとえばどんなデモを作ったのでしょうか?
石毛:最初は作詞のところからでした。私もよくわからなかったので、「元気ロケッツでの歌詞ってどうやって作っているんですか?」って水口さんに聞いてみたんです。そうしたら、「言葉を書いて並べて、入れ替えたりする」というので、それに近い感覚を試してみたのです。
水口:元気ロケッツはメロディーありきで、そこに言葉を乗せっていっているんです。言葉、単語を置いてみて、その単語の韻とか、感じる意味などを考えつつ組み合わせていくと、化学反応が起こるんですよね。その瞬間に、「あぁ!この言葉がハマッた」ってすごく嬉しく思う瞬間があるんです。たとえば、この音だったら「あーー」で伸びて欲しい。「いーー」じゃ気持ちよくないなぁ…。だったら「スカーーーイ」だったらピッタリだ、って具合ですね。こうしたパズルのような作業を繰り返していくことによって、気持ちよさが上がっていくんですよ。
石毛:普通の人って0から1にするのはできないけれど、0.5から1にすることはできる人が多いと思います。だから選択肢として単語を用意し、それを置いたら、続きがある程度でてくるのではないかな、と。そんな考えたから、歌詞作成のシステムを作っていきました。
--作曲の部分も、非常にユニークに感じましたが、これは作詞システムの後だったわけですね。この作曲の仕方、簡単でいて、自分で作った気になれるし、微妙な自由度があって不思議な感じですよね。
水口:これはゲームにおける手法なんですよ。見ているだけだと飽きてしまうし、ボタンを押すだけでも面白くない。膨大な選択肢ではなく、3、4の選択肢が短い間隔で出てくる……。能動と受動の間のバランスをとっていくという手法ですね。
石毛:1フレーズ2小節となっていますが、これもいろいろ試した結果、ベストと判断しました。4小節だと区切りがいいけれど、プレイしていてだらけてきてしまうんです。また4つのフレーズを組み合わせる形になっていますが、これも試行錯誤の結果です。目的は長い曲を作るとこではなく、気持ちよくやってもらうということ。
水口:そして、曲作りを途中で諦めさせないのがポイントです。
--無料で3つのテーマ、有料でさらに3つテーマが増やせるようになっていますが、これらの音楽の雰囲気もすごくいいですよね。
水口:メロディー部を作ってくれたのも15年くらい一緒にやってきているスタッフです。音楽を分割して、バラバラの状態にしておき、それを自然発生的に組み上げていったときに、高い完成度になるようにしてもらいました。これができるのは、ゲームの世界でサウンドデザインをやってきた人たちが持つ、ある種特殊能力があるからですかね!
石毛:そうはいってもゲームとは違うんで、苦労してたみたいですよ(笑)。
--今後、テーマは増えていくんですよね?それもすべて水口さんチームが作っていくのですか?
大島:ここから先は、水口さんチーム以外でも作れるようにしています。まだ決まってはいませんが、ボカロPさんとコラボして「***P風」といったテーマも作ることも考えられますよね。ほかにもいろいろテーマを作っていければと考えています。
--リリース初日から、結構大うけになっていますね。まったくの初心者が楽しく使っている一方、著名なボカロPさんが真剣に取り組んで、ニコニコ動画にUPしてたりしますから、この広がりはすごいですね。
水口:Twitterのやりとりで、「フィンガーソングライター」なんて言っていた人がいました(笑)。言いえて妙ですよね!また私自身、友人たちとVOCALOID firstで作った歌を送り合っていますが、なんとも楽しいですね! 今後、ユーザーのみなさんが、いったい誰のためにどんな歌を作るのかがとっても楽しみです。酒の席でゲラゲラ笑いながら曲を作るとか、何かのプレゼントに曲を送るとか……、いろいろなシーンで使われるのではないかと考えると、ワクワクします。その昔、自分の気持ちを俳句という歌にして送っていたわけですが、時代が変わってもそんなことができる。しかも簡単に、メールで送れてしまうって、いいじゃないですか。ぜひ、多くの人たちに、音楽を作る楽しみを体験してもらえたらと思います。
--ありがとうございました。
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