パワフルで、かつ独特なサウンドが得られることから、いまだに人気が高いのが真空管アンプ(チューブアンプ)です。一般的な電気製品としては、トランジスタが一般化した50年近く前に消え去ったはずの真空管なのに、アンプの世界だけはいまだ健在。このことはオーディオ用アンプでもそうだし、ギターアンプもしかりです。
デジタル的にその真空管の動作をシミュレーションするアンプシミュレータはいろいろ出ているけれど、ライン録りするのではなく、最終的なスピーカーを実際に鳴らすライブでの使用となると、やはり真空管の意義は大きいようです。そのことを自らの製品で証明しているのがLine 6。先日、ちょっと不思議なプレスリリースが届いたので、詳細を教えてもらうために、Line 6 Japanに伺うとともに、製品を見せてもらいました。
その不思議なプレスリリースというのは、「真空管アンプであるDTシリーズというギターアンプがファームウェアアップデートにより拡張された」という内容のもの。前近代的な真空管とファームウェアアップデートという最新の事象の組み合わせに「???」と思ってしまったのです。
ご存知のとおり、Line 6はPODで知られるギターアンプシミュレータの中心的メーカー。数多くの真空管ギターアンプをデジタル信号処理の技術によってシミュレーションしているのだから、もはや真空管など不要と考えているはず……と思っていたら、自ら真空管アンプを製品化していたんですね。その中心的なラインナップとなるのが、Bognerアンプの創始者であるラインホルド・ボグナー(Reinhold Bogner)氏デザインによるDTシリーズというもの。そう真空管周りのアナログ部分をボグナー氏が、デジタルを中心としたそれ以外をLine 6が設計するというコラボ製品となっているのですが、なぜリアルの真空管が必要なのでしょうか?
「DTシリーズのギターアンプは、プリアンプ部分がPOD HD同様の最新モデリング・テクノロジーを活用したHDプリアンプ・モデルとプリ管の12AX7で構成されており、パワーアンプ部分は完全アナログで回路の一部が物理的に変更される真空管パワーアンプとなっています。実はPOD HD内にはアンプ・モデルとして、真空管アンプ全体をモデリングしたフルアンプ・モデルに加えて、そのプリアンプ部分のみをモデリングしたプリアンプオンリーのモデルも収められています。このモデルを真空管パワー・アンプで増幅することにより、真空管独特の“音の伝わり方”をも兼ね備えたトーンが得られます」と語るのはLine 6 Japanのマーケティング担当者。
今回見せてもらったのはDT50 212というモデル。ここには真空管アンプ同様にレベルを持ち上げる働きをする真空管 (12AX7) が2本、パワーアンプ用に2本(EL34)の計4本の真空管が入っているそうです。またユニークなのはローボリュームモードというのが用意されていて、Masterボリュームのノブを引っ張るとこのモードになり、音は小さくても真空管の歪みや温かみを得ることができるのだとか…。真空管アンプの場合、ボリュームを上げることで独特の“歪み感”が追加されるのですが、部屋で大きな音を出さなくてもその感じが得られるよう、DSPでその雰囲気を付加しているとのことで、これは便利そうですね。またこのパワーアンプ部分はアンプ回路をCLASS AとCLASS A/Bの切り替えができるようになっているので、ここでも音量感や響き方なども変化させられるようになっています。
一方、プリアンプ部分に搭載されているプリアンプ側の真空管に関してはTRIODE、PENTODEというスイッチがあり、3極管として使うか、5極管として使うかを切り替えることができ、これによっても音が変わってくるそうです。話を聞いていると、カソード電流がどうだとか、グリッドがどうだとか……難しい話も出てきて、その昔、アマチュア無線の試験を受けた際の学科を思い出してしまいましたが、理論はともかく、これで音作りを楽しめるということのようですね。
と、ここまではアナログ真空管回路の話ばかりですが、これはデジタル技術の会社、Line 6のアンプですから、中枢となるのは、やはりデジタル回路部分。2010年に発売されたこのDTシリーズは、もともと複数のプリアンプ・モデルが搭載されており、4種類から選べるようになっていたそうです。
具体的には1.Classic American Clean、2.British Crunch、3.Class A Chime、4.Modern High-Gainのそれぞれであり、これは実質的にPOD HDの持っているプリセットから4つを抜き出したものと考えていいようです。実はそれぞれがFender、Marshall、VOX、Mesa/Boogieに相当するもののようで、私もなんとなくしか把握していませんでしたが、ギターアンプのアナログ回路部分は上記4つが代表的4種類のトポロジーだそうで、4種類のボイシングを切り替えると、プリアンプ・モデルが変更されるだけでなく、何とパワーアンプ部分も物理的に回路構成が変わることで、バリエーション豊かなトーンを生み出しているそうです。
Line 6が作成しているDT50の特徴を説明するビデオがあるので、以下のものを見ると分かりやすいかもしれません。
このように元々4種類を切り替えられるとともに、それにマッチしたパワーアンプ設定が自動的に行えるのがDTシリーズだったのですが、POD HD500やPOD HD ProとL6 Linkという端子でリンクすると、POD側にある30種類のプリアンプ・モデルと、DT側の4種類のパワーアンプを自由に組み合わせることができました。しかし、今回ファームウェアのバージョンアップによって、POD HDなしに30種類のプリアンプモデリングが利用可能になったとのことなのです。またそれに伴ってパワーアンプ・キャビネット側の設定も変更できるようになっているのです。
ちょっと話が複雑になってしまいましたが、要するに元々DTシリーズには4種類のアンプがプリセットされていたのが、30種類のプリアンプ x 4種類のパワーアンプへ拡張されたということですね。さらに、そのトーン設定を細かくできるようになり、音作りの幅が大きく広がったのです。
では、30種類のプリセットの選択や、各種パラメータ設定はどうやっておこなうのでしょうか?DTシリーズ本体には、ノブやスイッチなどあまりなく、見た目はアナログアンプそのものなので、設定のしようがありません。しかし、リアパネルにはMIDI端子が付いていて、これを使うことで外部からコントロールできるようになっているんですね。ファームウェアのアップデートも、このMIDI端子を使って行います。
WindowsやMacからMIDIシーケンサーなどを使い、コントロールチェンジ情報を送ることでコントロールすることも可能ですが、手っ取り早くて便利なのがiPadでのコントロール。MIDIインターフェイスのMIDI Mobilzier(初代も、IIともに可)を取り付け、450円で販売されているTouch OSCというアプリを起動。ここにLine 6が提要しているのテンプレートを当てはめると、簡単にコントロールすることができるんですね。30種類のモデルの設定はもちろん、トーンやリバーブのタイプなどのパラメータを自在にいじることができ、アンプの音もそれに伴って変わっていきます。
もっとも、ライブでiPadを使いながら……というのはミスをしたり、設定に戸惑う可能性があるなど、色々な意味で危険が伴います。そこで、予め設定を行い、A/Bの各チャンネルにそれぞれ4つのメモリーに保存しておけば、あとはDTシリーズ単体でワンタッチでの操作が可能になるとのことです。
以上の内容を元にしてDT50の構成の簡単なダイアグラムを作ってみる以下のような感じになると思います。
説明が長くなってしまいましたが、だいたい理解いただけたでしょうか?改めてDTシリーズを説明すれば、真空管ならではサウンドが出せるパワフルなアンプであるとともに、Fender、Marshall、VOX、Mesa/Boogieなどのメーカーの30種類のアンプを再現でき、自在にチューニングが可能というユニークな、アナログ&デジタル機材というわけなのです。
楽器屋さんなどで見かけたらちょっと触ってみてはいかがでしょうか?
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