MIDI 2.0への橋渡しともいえるMIDIの拡張規格、MPE=MIDI Polyphonic Expression。ROLIのSeaboardやBLOCKS、またArtiphonのInstrument 1やORBAなどのハードウェアが対応する一方、ソフトウェア側でもさまざまな音源がMPE対応してきています。具体的にはUVIのFalconやつい先日紹介したArturiaのPigments、またXferのSERUMやFXPansionのStrobe、Cypher2……などなど。またAbleton Live 11ではMPE対応の編集機能を備えるとともに、標準音源であるWavetable、SamplerなどがMPE対応となっていますし、Cubase 11においてもRetrologueやPadshopにMPE対応のプリセット音色が用意されている……といった状況です。
ただ、これらのソフトウェアを使うにはSeaboardなどのハードウェアが必須であり、そこそこのお値段であることから、「試してみたいけれどなかなか手がだせない」という人も少なくないでしょう。そんな中、インドのチェンナイにあるPitch Innovationsという会社が画期的なプラグインを開発し、国内での販売がスタートしました。Fluid Pitchというプラグインでこれを使うことで手持ちのMIDIキーボードをMPE対応に変身させることができるのです。価格も手ごろで税別8,250円($75を$1=110円で換算)のところ6月30日までオープニング価格ということで4,290円となっているのです。実際に試してみたところ、とってもユニークな発想のソフトであり、非常に使えそうなソフトだったので、紹介してみたいと思います。
Fluid Pitchそのものの紹介の前に「MPEって聞いたことあるけど、よく分からない」という人も多いと思うので簡単に紹介しておきましょう。
現在のMIDI 1.0は30年以上前の規格ということもあり、融通がきかない面があるのも事実です。たとえばCの鍵盤とGの鍵盤を押しながらピッチベンドを動かして音程を上げていくとどちらも同じようにピッチが上がってしまいます。でも、Cの鍵盤はそのままでGの鍵盤だけピッチベンドを掛けるとか、Cは3度上げるけど、Gは2度上げる……なんてことがしたくてもできません。
それを実現しようというのがMPEなのです。Seaboardの場合、複数のセンサーが内蔵されているので、別々にピッチベンドを行うことができ、それをMPEという規格で送信することで、MPE対応の音源にそれを伝えることができるのです。ピッチベンドと同様にモジュレーションをノートごとに別々に動かすとか、エクスプレッション情報をノートごとに別々に動かすことができるのがMPEなのです。
MIDI 2.0は、ノートごとに別々のピッチベンドやモジュレーション、また各種コントロールチェンジ情報を送る機能を持っているのですが、残念ながらまだMIDI 2.0対応デバイスというのは発売されていないのが実際のところ。そこで、MIDI 2.0を先取りするような形でMIDI機能を拡張させたのがMPEなのです。
本来、MIDI 1.0ではできないことが、どうしてMPEで実現できているのかというと、ノート1つ1つにMIDIのチャンネルを別に割り当てているからなんですね。別の言い方をすると最大で16音しか同時に鳴らすことはできないものの、各ノートごとに別の操作をしながら……ということを考えれば16音あれば普通は十分。そんなことからMPEに注目が集まっているのです。
そのMPE対応のソフトシンセが増えてきたので、試したいと思っている人も多いと思いますが、まだ対応ハードウェアが少なく、価格も結構するので、ポンと買える人はあまりいないと思います。でも、プラグインで手持ちのMIDIキーボードを簡単にMPE対応キーボードに変身させることができるなら、話は別ですよね。
「え?どういうこと?」、「どうやってノートごとに別の操作をするの?」と不思議に思って試してみました。まずFluid PitchはWindowsのVST、VST3、AAXそしてMacのAU、VST、VST3、AAXのプラグインに対応しているので、ほとんどのDAWで利用可能です。ただし、Digital PerformerやReasonなど、一部のDAWにおいてはBlue Cat AudioのPatchWorkやMIDI MOODのPluchainといったプラグイン変換ツールが必要になるようですが、詳細については公開されているPDFマニュアルにあるし、Pitch InnovationsサイトにあるYouTubeのビデオでもDAWごとに個別解説されているので、それらを参照してみてください。
ここではCubaseにFluid Pitchを入れ、これを使ってFalconおよびPigmentsをMPEで動かす手順を紹介してみましょう。
使い方は簡単で、VST3(またはVST)のFluid Pitchをインストールした上で、まずVSTインストゥルメントとしてFluid Pitchのトラックを作成します。
続いて、MPE対応のインストゥルメントであるFalconやPigmentsなどのトラックを別途作成するのです。このままだと外部からのキーボードを弾いた情報が、そのままFalconやPigmentsに行ってしまうので、これらの音源のMIDI入力としてFluid PitchのMIDI OUTを選択するのです。そう、Fluid Pitchを組み込んだ時点で、これのMIDI OUTが見えるようになっていたんですね。
ただ、これだけだとデフォルトの設定ではMIDIの01chの情報しかインストゥルメントのトラックに行かずMPEとして使うことができません。そこでMIDIの入力チャンネルの設定を「すべて」に設定するのです。
さらに、この状態だと選択しているトラックのみがアクティブとなり、選択していないトラックが動かないので、両方のモニタリングボタンをオンにします。
そしてもう一つ。FalconやPigmentsの入力においてMPE機能をオンにするのです。FalconならMPE対応のプリセットを読み込めばOKだし、Pigmentsであれば、設定項目にあるMPEをEnableにすればいいんですね。これで準備は完了です。
これでFluid Pitchの「MPE UPSCALE / POLY」をオンにしてキーボードを弾いてみたのですが、おや?とくに何の変化もありません。どういうこと?と思ったら、ピッチベンドを動かすことで、MPEが有効になる形になっているんですね。
Fluid Pitchの画面を見ると、ROOTがC、SCALEがMAJOR、つまりCメジャー=ハ長調となっていて、鍵盤には白鍵部分が白くオン、黒鍵部分が紫でオフとなっています。どういうことかというと、白鍵でも黒鍵でも鍵盤を押して音を出しながらピッチベンドを上げるとCメジャーの音に強制的に変わるのです。ピッチベンドを下げても同様ですね。
SCALEの設定を変更してMINORやDORIAN、PENTATONICなどにしても、同様で、ピッチベンドを動かすことで、白くオンになっているスケールの音に強制的に変わるというわけなのです。
またMICROTUNINGという機能があるのも面白いところ。これをオンにすると、各音階ごとに1セント単位で音のチューニングをすることができるのです。たとえばインドの古典音楽であるラーガ、アラビアのマカームなど、普通の12音階では表せないものを、このMICROTUNINGを使って調整することで、対応させることができるのです。
このMICROTUNINGはピッチベンド関係なしに、設定すればすぐに対応することができるので、「ラーガ音階を使いたかった」というような人にとってはものすごく重宝する機能でもあるはずです。
さらに画面右側にはレンジスイッチがあります。これを使うことで、ピッチベンドをかけた際にどのキーに移行するのかを設定可能になっています。この設定は画面上のボタンで行うことができるほか、OSC通信を使ってiPhone/iPadアプリから行うことも可能になっています。現状、まだそのアプリがリリースされていないようですが、別のOSC機能を持ったアプリで接続してみたところ、なんとなく動いたので、アプリがリリースされれば、レンジスイッチの切り替えをiPhone/iPadから行えるようになる、ということのようですね。
iOSボタンをオンにすることでOSCを使ったデータのやりとりも可能になる模様
以上、Fluid Pitchについて簡単にレポートしてみました。MPEのすべての機能が使えるというわけではないようですが、MPEがどんなものであるか十分体感でき、通常のMIDIデバイスではフル活用できなかったMPE対応のシンセのパワーを存分に発揮できるようになります。この価格でMPEデバイスが入手できると考えると、とてもいいツールといえるのではないでしょうか?
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