コロナ禍で苦しむミュージシャンの救世主となるか?ヤマハがネット越しのセッションツール、SYNCROOMをリリースする背景

4月9日、ヤマハから「ご自宅からでもみんなで合奏が楽しめる ヤマハ オンライン遠隔合奏サービス『SYNCROOM』 ベータ版公開中、2020年6月頃より正式公開予定」という報道発表がされ、プロ・アマ問わず多くのミュージシャンの間で大きな話題になっています。このSYNCROOM(シンクルーム)とは、自宅にいながらにして、まさにスタジオに入ったように仲間とセッションができるという画期的ツールで、6月にヤマハが無料でリリースするというものです。

SYNCROOMを使うことで、バンドメンバーで練習できるのはもちろんのこと、そのみんなでの演奏をそのままネット配信するといったことも可能だし、その演奏を16bit/48kHzもしくは16bit/44.1kHzの非圧縮の状態でレコーディングして作品を作っていくといったことも可能。外出や人と会うことが難しい今、まさにみんなが求めている夢のようなツールなのです。実はそのベータ版ともいえるNETDUETTO β2(ネットデュエット・ベータ2)はすでに公開されており、今すぐにでも利用可能であるため、報道発表以降、多くの人たちが利用を開始しています。このSYNCROOMとはどんなものなのか、なぜヤマハがこの時期に無料で公開することを決めたのか、この先どんな展開がされていくのかなど、ヤマハの開発担当者、企画担当者にインタビューすることができたので、SYNCROOMの背景について見ていきましょう。

ヤマハから新たなオンラインセッションサービス、SYNCROOMが発表され、6月からサービス開始される予定

ご存知の方もいると思いますが、ネット越しにリアルタイムセッションができるNETDUETTOが発表されたのは2010年の3月。私自身、このNETDUETTOの存在を初めて目にして、まさに未来のツールの誕生だと感激し、それ以来DTMステーションでも何度も記事で取り上げてきました。絶対いつか大ヒットするはず、と思っていましたが、まさかこんな形で注目されるとは想像もしていませんでした。

でも、「それの何がすごいの?Zoomとかでいいじゃん」、「電話で通話しながらセッションすればいいんじゃないの?」と思う方も多いと思います。でも電話やSkype、Zoom、Discord、ハングアウト……どれを使っても合奏するのは不可能なんですよ。どうしてか? すぐに証明できるので、誰かと二人で通話しながら「セーノ」で一緒に手を叩いてみてください。絶対合わないですから! 下手すると0.5秒以上、つまりテンポ120なら1拍分くらいのズレが生じて、絶対にセッションなどできないことを実感できると思います。

通話だと、その0.5秒以上の音の遅れが全然気にならないのですが、音楽だとそうはいかないんですよね。しかし、ヤマハのSYNCROOMを使うことで、0.02秒(20msec)とか0.03秒(30msec)というオーダーで通信ができ、しかも非圧縮もしくはロスレスの16bit/48kHzとか16bit/44.1kHzというCD音質での通信ができるので、まさに音楽の世界で使うことができる非常に有用なツールなのです。

今回インタビューさせていただいたSYNCROOMチームのみなさん。左から北原英里香さん、原貴洋さん、野口真生さん

このSYNCROOMの話、私もまったく知らなかったので、報道発表を見て驚いたのですが、その後すぐにNETDUETTOの開発者で、これまでも何度もお話を伺ってきたヤマハの原貴洋さんに連絡してみたところ、オンラインミーティングの形でインタビューできることになりました。今回お話を伺ったのは原さんのほか、企画・マーケティング担当の野口真生さん、北原英里香さんの3人です。

 

ーー今回のSYNCROOMの発表は驚きました。多くのミュージシャンが困っている中、まさに救世主のごとく誕生した形ですが、やはり現状に向けて、急遽、発表したということなのでしょうか?
野口:実は1年ほど前からSYNCROOMリリースに向けての準備をはじめてきており、5月中に開発を終えて6月にリリースする予定でいましたが、世の中が急に変わり、このような状況になってしまいました。音楽活動もかなり難しくなっていて、ライブハウスの深刻な状況や、職業音楽家も活動自体が制限されつつある世の中で、ヤマハとして何かできることは無いだろうか…と強く感じるようになりました。もちろん、これですべてを解決できるはずもないのですが、自宅からライブセッションを楽しめる技術を持っているわけだから、きっと何かの役に立つはずだと考え、当初の予定からは1か月以上前倒しにした形ではありましたが、SYNCROOMを発表することにしました。もっとも、まだソフト自体が完成していないので、まずはSYNCROOMのアナウンスをした上で、とりあえずすぐに利用可能なNETDUETTO βを活用いただければ、と。

現在開発中のSYNCROOMの画面。これを使うことでネットワーク越しでのセッションが可能になる

--ということは、この新型コロナの問題に合わせてSYNCROOMをリリースするというわけではなく、前々から準備をしていた、と!
野口:はい、コロナとはまったく関係なく、1年前にヤマハとして取り組むべき課題だろうと考えて、開発を進めてきた案件です。世の中の大きな動きの一つとして、ただモノを作って売る時代が終焉に近づいている、と言われています。モノに消費者は満足してしまっていて、コトや経験に価値を見出す世の中に変化してきている、と。そうした中、2001年入社の同期である原がNETDUETTOの開発を細々とやっているのを横目で見ていたのですが、ユーザーの反応を見ると、すごくみなさん楽しんでいて、「これがないと生きていけない!」なんて声まであって喜ばれている。これは会社としても、もっと本格的に取り組むべきものだろう、と思いスタートしたのです。

企画・マーケティング担当の野口真生さん

ーー個人的には、「NETDUETTOは革命だぞ!」、「原さん頑張れ!」って応援してきたつもりですが、ついに原さんの時代がやってきたわけですね(笑)。
原:この1年、粛々と開発は続けていたのですが、このような状況になるとは思ってもいませんでした。NETDUETTOのルームは過去最大の盛り上がりで、多くの方に喜んでいただいています。ただ、コメントなどを見ると使い方が分からない方や、レイテンシーの調整がうまくできていない方も少なくないようですので、もっと初心者の方などにも楽しんでいただけるように情報発信していきたいですね。
野口:SYNCROOMを発表して以降、盛り上がりが想像以上にすごくて驚いています。ヤマハはメーカーということもあって、どちらかというと製品をアップデートする形でアドオンの価値を提供することが多かったのですが、今回はこの時代に必要とされる音楽の楽しみ方そのものをソリューションとして提案しています。もちろん、今の状況を肯定するつもりはありませんが、世の中に不足しているところにソリューションを出せたことは、我々としても自負しているところです。

現在利用できるNETDUETTO β2の画面。見た目はSYNCROOMと大きく変わらない

--今度リリースされるSYNCROOMは、NETDUETTOの発展形ということなのだと思いますが、実際のところ何が違い、どのように進化しているのでしょうか?
北原:基本的にNETDUETTO β2の機能はすべて引き継ぎつつ、いくつかの機能を追加しています。具体的にはメトロノーム機能が追加されるとともに、レコーディング機能が搭載されます。また、プレスリリースに掲載した画像を見てお気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、新たにインプット部分にREVと記載されたスライダーが追加されています。これはリバーブ用のスライダーになっており、SYNCROOMのソフト内にリバーブが搭載される形になっています。一方で、一つ大きな違いが、利用時にログインが必要という点です。無料であることは変わりませんが、ユーザー登録をした方のみが使えるシステムへと移行します。

SYNCROOMにはNETDUETTOにはなかったREC機能を装備。ミックスされたマスターアウトをWAVで録音できるようになっている

原:NETDUETTO β2にあった機能はすべて踏襲するので、機能面でマイナスされるものはありません。ユーザー自身を含め5人までの接続ができることや、2つのルームをつなぐことで5人+5人=最大10人まで接続が可能であること、またWindowsでもMacでも使うことができ、VSTプラグインとして使うことができる、という点も同様です。

企画・マーケティング担当の北原英里香さん

--ちなみに動作環境として対応OSはどうなりますか?
原:WindowsはWindows 10の64bitに限定し、MacはmacOS 10.15 Catalina以降としています。そういう意味では従来サポートしていた32bitを終了する形にはなりますね。

--ユーザー登録が必要というのは、とくにデメリットを感じませんが、それは今後の有料化への布石であったり何か狙いがあるのでしょうか?
野口:我々、メーカーは、製品を製造したらディーラーに卸すので、その先どうなるかはなかなか見えません。でも、SYNCROOMを通じてユーザーのみなさまと直接つながれること自体が大きな価値になるのではないか、ヤマハとして大きな財産になるのではないだろうか、と期待しているんです。登録いただくのはメールアドレスとパスワード程度で、責任を持ってSYNCROOMを展開していくためにも、ユーザーのみなさんにはご登録をお願いしたい、ということなんです。

選択可能なプレイヤーアイコンがNETDUETTOと異なり写真ベースのものになる

--とはいえ、こんなすごいサービスを無料で展開していて大丈夫なのか?有料でいいから、ずっと続けてほしいという思いもあるのですが。
野口:ありがとうございます。収益化に向けてのビジョンは持っている必要があるとは思っていますが、まずは遠隔演奏の文化を普及させることを重視し、ユーザーの皆さまとの繋がりを広げていく、ということが当社にとって大きなメリットであると考えています。
原:SYNCROOMにはいくつか推奨動作条件があります。まずオーディオインターフェイスが必要です。WindowsならASIO、MacならCore Audioでレイテンシーを詰めていく必要があります。また、光ネットワークでの接続を前提としていますし、Wi-Fiではなく有線LANでの接続が重要です。こうした条件もありますし、当社だけで解決できるものではないことを考えると無料でお使いいただく方が納得感があると考えています。

SYNCROOM開発担当の原貴洋さん

--これまでNETUDUETTOのα版の時代からNETDUETTO β、NETUDUETTO β2と10年間見てきましたが、基本的なところは大きく変わっていませんよね。とはいえ、ここ最近のインフラの発展などによって、レイテンシーが縮まったりはしているのですか?
原:IPv6回線を使うことで、接続性においても遅延においても有利な状況になります。そのためIPv6 IPoE環境での利用を推奨しています。

インタビューはMicrosoft Teamsを使ってオンラインで行った

ーーIPv6にすることで、レイテンシーも縮まるんですね。とはいえ、自分のネット環境がIPv4なのかIPv6なのかって、確認する方法はあるのですか?
原:弊社としては、プロバイダにお問い合わせください、とお答えするしかないのが実情です。一方で、IPv6を使ったベストケースにおいては片道で20msecを切るレベルにはなってきているので、実用性は以前に比べても向上していると思います。
北原:昨年12月にソニーネットワークコミュニケーションズ様と共同で、オンラインバンドセッションの体験イベントを実施したことがあります。この際「NURO 光」の回線とNETDUETTO β2を用いて、東京都品川シーサイドと静岡県浜松市の子どもたちが、遠隔地にいながらもその場でバンドを結成してセッションをするという試みを行ったのですが、ここでも20msecでの接続を実現することができました。この際の様子は以下のYouTubeビデオでもご覧いただけます。

ーー6月ごろをメドにSYNCROOMがリリースされるとのことでしたが、そのリリース後、現在のNETDUETTOの扱いはどうなるのでしょうか?
北原:基本的にはみなさんすぐにSYNCROOMに移行していただきたいのですが、いきなりNETDUETTOのサービスを止めると困る方もいらっしゃると思います。そこで移行期間として秋ごろまでは、現在のまま使えるようにしておきたいと思います。その後、NETDUETTOのサービスは閉じて、すべてSYNCROOMに集約できればと考えております。

この写真は取材終了後にヤマハ社内で撮影してもらったもの

ーー最後に今後の世の中のインフラとの関係についてお伺いします。いよいよ国内でも5Gのサービスがスタートし、5Gになるとより速度も上がり、リアルタイム性も向上するといわれています。そうなった場合、SYNCROOMの優位性についてどうお考えでしょうか?
野口:ヤマハは楽器、音響、ネットワークを事業として展開している世界にも珍しい会社です。その環境下で原が10年かけて築き上げてきたこの技術は5Gの時代になっても簡単にたどり着けるものではないと考えています。
原:やはり一般のインターネット回線でリアルタイムにセッションができるものはほぼないという認識です。5Gの時代になれば我々としても可能性は広がるかもしれません。多くのミュージシャンの方々に喜んでいただけるよう引き続きサービス向上にと努めたいと思っています。

ーーありがとうございました。SYNCROOMのリリース、楽しみにお待ちしています。

 

【関連情報】
SYNCROOMサイト
NETUDUETTOラボ

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