Eventide(イーブンタイド)は、40年以上の歴史を持つプロ用エフェクトプロセッサメーカー。これまで数多くの名器を開発し、世界中のアーティストが愛用してきました。Eventideの代表製品の一つであるH910は1976年に発表後、数年で世界中のスタジオ、ミュージシャンの間でスタンダードな機材となり、たとえばTom Petty『Damn The Torpedoes』、David Bowieの「Breaking Glass」、Patti Smith「Because The Night」、U2の1980年代前半のアルバム、Van HalenやOzzy Osbourneの数多くのアルバム……と数えきれないほどの作品で活用されてきた名機中の名機です。
このH910、仕組み的にはアナログ回路・デジタル回路の双方を取り入れてピッチシフター、モジュレーション、 ディレイを組み合わせた少し複雑なエフェクト。これによって独特なサウンドを作りだすことができ、多くのミュージシャンに影響を与えたのです。もっとも、40年前のヴィンテージ機材であるH910をいま入手すること自体困難だし、もし手に入れたとしてもメンテナンスを考えるとあまり現実的ではありません。しかし開発元であるEventide自身が「H910 Harmonizer」というプラグインとして忠実に再現しています。改めてH910 Harmonizerがどんなソフトなのか紹介してみましょう。
Eventideのプラグインに関しては、以前「デヴィッド・ボウイのHeroesのボーカルサウンドを忠実に再現するTverb」や「Time after TimeやAshes to Ashesのサウンドを作ったFlanger、トッド・ラングレン愛用のPhaserを開発元のEventideがプラグイン化」という記事でも紹介したことがありましたが、デヴィッド・ボウイは「Heroes」や「Ashes to Ashes」だけでなく、他にもEventideのエフェクトプロセッサを使っています。今回ピックアップするのは、以下のビデオにもある1978年リリースの「Breaking Glass」。
実験的な音作りをずっと繰り返してきたデヴィッド・ボウイですが、この曲で非常に特徴的なサウンドがイントロ部からインパクトを持って鳴り響くスネア。これは生のスネアをマイクで取り込んだ音に対してH910をかけて作りこんだサウンド。実際プラグインのH910 Harmonizerをスネアにかけるとこうしたサウンドが作れるほか、ギターサウンドに広がりをつけたり、シンセサイザーにデチューンをかけたり……と独特なサウンドを作ることが可能です。またH910 Harmonizerという名前の通り、ボーカルにかけることでハーモニーを加えたり、スラップバックディレイをかけたり、機械音やドローンエフェクト、ロボットとサウンドのようなユニークな音作りができます。試しにドラムのループにH910 Harmonizerを掛けてみると、それっぽい音が作れて驚きます。
一方ナイン・インチ・ネイルズとガンズ・アンド・ローゼズのバンドで最もよく知られているギターの巨匠ロビン・フィンクもギターにH910をかけて、かなりユニークなサウンドを実現していました。
実際にプラグインのH910 Harmonizerを使ってさまざまな音を作るデモビデオがあるので、これをご覧ください。H910の幅広さがよくわかると思います。
前述の通り、オリジナルのH910はピッチシフターとしての機能も備えていたわけですが、市販されたピッチシフターというか、そもそも市販されたデジタルエフェクターとしてみても、このH910が世界初の製品でした。これにより時間の長さを変えることなく、サウンドのピッチを変えられるようになったのは画期的なことでした。当時はテープの回転速度を変えることでピッチを変えることができたものの、それだと時間の長さが変わってしまうため、ニュアンスが大きく変わってしまいます。でもH910を使えば、声質、音質をそのままに音程を変えることを可能にしたのです。
世界初のデジタルエフェクターであったH910の実機
いまのDAWを使えば、ピッチシフトもタイムストレッチも当たり前のようにできますが、当時としてはまさに魔法の機材。音楽業界だけでなく、テレビ局など放送の世界からも注目され、幅広く使われていったそうです。
さて、そのH910をプラグイン化したH910 Harmonizerは、WindowsでもMacでも動き、VST、Audio Units、AAXで動作するものなので、ほぼすべてのDAWで使うことができます。立ち上げてみると、画面右下にキーボードがあるため、なんとなくシンセサイザとかオルガン風の音源ソフトにように見えますが、これはインストゥルメントではなく、エフェクトです。
たとえば、ギタートラックやボーカルトラックにインサーションの形でH910 Harmonizerを挿して、プリセットを適当に選んで鳴らしてみると、かなり独特な効果が得られるのが分かるはずです。ピッチシフター、モジュレーション、ディレイの組み合わせというところからは想像できないほど、ぶっ飛んだサウンドがいっぱいあるのも面白いところです。
そのプリセットには、複数のグラミー賞を受賞した経験のあるJoe Chiccarelli、マドンナなどのトラックをリミックスしているDJ Sasha、世界的に有名なエンジニアのRoy Hendrickson、ジョンレノンやエアロスミスのミックスを作ったThe Butcher Bros. 、実験的な電子音楽の先駆者Chris Carterなど、多くのアーティストプリセットが搭載されています。まずは、こうしたプリセットを試してみるのが分かりやすそうです。
いずれかのプリセットを適当に選んだ上で、FEEDBACKを上げていくと、フランジャーとはかなり違う、激しいサウンドになっていくのも面白いところ。こんなものが1976年に開発されていたと思うと、Eventideはすごい技術と発想を持っていたんだなと改めて感心します。
またINPUT LEVELのノブの調節でエフェクトのかかり方が大きく変わってくるのも、ほかのエフェクトとはちょっと違うところ。実際マニュアルにも、ドラムであればビート毎に1回LIMITのインジケーターが点灯するようにとガイドラインが載っています。またこのインターフェイスは上部がオリジナルのH910のフロントパネルとなっていて、すべてのコントロールがオリジナルと同様に機能するようになっています。一方下部は、外部接続やオプションによってオリジナルのときに使用できた機能へのアクセスを可能としています。
先ほどインストゥルメントのプラグインみたいと言ったキーボードもH910本体にあったものではないのですがエルトン・ ジョンをはじめ多くのアーティストがライブで使用したキーボードリモートコントロールを再現したもの。これはオーディオトラックにH910 Harmonizerを挿したうえで、MIDIトラックを作成すると、その出力先としてH910 Harmonizerが見えるので、これを指定することで、キーを指定することが可能になるのです。
中央のPITCH RATIOは、ハーモナイザーのピッチ・レシオを数値として表示しています。たとえば、オクターブ上であれば2.00、1/2音上であれば1.02、3音下であれば0.84というように表示されます。このパラメータは、MANUALのツマミから値を変更でき、H910 Harmonizerのマニュアルの表を参照すれば、それぞれの音程に合わせることが可能です。またそれぞれの音程や微妙なピッチ感を変えられるよう、ちゃんとプリセットが用意されています。
ちなみにH910の魅力の一つと言われていたのが、H910を通すことでレコーディングした素材に温かみ、厚さ、柔らかさ、広がりを加えられること。ちょっとSSLやNEVEのコンソールを通すというのと共通する面もありそうですが、エフェクトそのものとは別の意味も持つようで、実際に多くの作品でもH910を通す、という手法が使われてきたようです。
そして、もう一つプラグイン化された製品の面白さといえるのが、H910 Harmonizerのほかに、H910 Dual Harmonizerというプラグインがボーナスとして追加されていること。その昔のH910自体、かなり高価なものではあったものの、それを2つ連結して使うことでさらに独特の効果が得られたことから、数多くの作品でH910を2台使った音作りがされていました。もちろんH910 Harmonizerを2つ接続して使うというのも手ではありますが、ルーティングが面倒なのと、実際に音作りにはテクニックがいるため、このH910 Dual Harmonizerを使い、プリセットを使えば、すぐに実践的な音作りが可能になります。
【製品情報】
Eventide H910 Harmonizer製品情報
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