プロの作曲家はどうやってプロになって、どうやって生活しているのか……、そんな興味を持つことはありますよね。中には、これからプロになって音楽で生活するという目標を掲げていて気になっている方もいると思います。そんな中、以前「どうすればプロの作曲家になれるのか?新人募集中の作家事務所にリアルな実情を聞いてみた」という記事で、多方面で話題になった作家事務所、グローブ・エンターブレインズ所属の作曲家・作詞家がまた赤裸々にいろいろと語ってくれました。
実際どのように仕事はやってくるのか、普段どのような仕事をし、どのように音楽に向き合っているか、お金はどうやって入ってくるのか、いろいろな悩みや解決方法……など、普段あまり表に出ない話を伺うことができました。もちろん事務所によって手法や方針はいろいろ違うので、ここでの話がすべてというわけではないと思います。でも、作曲家、作詞家の素性の一面はここから見えてきそうです。「現役作家のつぶやき!クリエイターの悶絶生活」というウェブページでも各作家が、コラムを情報発信しているので、覗いてみると面白いですが、今回お話を伺ったのはそのうちの3名。作・編曲家の安岡洋一郎さんとインスト作曲家の島翔太朗さん、作詞家のSoflan Daichiさんです。
--本日は、作曲家・作詞家とはどんな職業なのかという簡単で、いろいろお話を伺いたいと思います。まずは自己紹介を兼ねて、みなさんがグローブ・エンターブレインズに所属することになった経緯について教えてください。
安岡:私はもともとカラオケの打ち込みや携帯の着メロの打ち込みなど、MIDI関係の仕事をして生活していました。もちろん当時から作曲もしていましたが、お金になっていたかというと、なかなか微妙な状況でした。またロックユニットを組んで活動しており、そこでも作曲をしていました。でも、この先どうしていようか…と考えだしていた2002年ごろに事務所の社長、大友民男さんと会いしたのがきっかけで、グローブ・エンターブレインズに入ることになったのです。実は今でも、この事務所で作曲活動をしつつ、それとは別にMIDI関係の仕事や演奏の仕事などを並行して行っています。
島:私は日本の音大を卒業後、アメリカのバークリー音楽大学に行き、映画音楽の勉強を3年くらいしていました。その後、2015年5月に日本に帰ってきて、どこかの作家事務所に入ろうと思ったのです。そこで好きな劇伴作家さんが所属している作家事務所に、片っ端からデモを送ってみたのですが、結果は全滅。そこで、少し作戦を変え、劇伴一本縛りではなく、いろいろな作家事務所にも応募してみようと考え、最初にデモを送ったのがグローブ・エンターブレインズだったんです。そしたら、デモを送った30分後に大友さんから返事があり、さらに30分後ぐらいで「このコンペに出してみないか!」と案件が送られてきたんですよ、そのスピード感には驚きましたね(笑)。その結果、ここに所属する形になり、いろいろなコンペに出しては、採用されたりダメだったり……と少しずつ仕事が動き出しました。それから1年後ぐらいにジャニーズWESTさんのツアーのオープニング曲の音楽の案件が、指名で来たんです。以前ジャニーズのコンペで通ったことがキッカケだったと思います。実はそれまで実家の北海道・帯広にいながらネット越しにやりとりしていたのですが、この指名が来たことで、これはチャンスだと考え、思い切って上京してきて今に至ります。
Soflan:作詞家になる前はギターを弾いていて、そのときは自分のギターの師匠の教則本を書くのを手伝うなど、文字に関わる作業もよくしていたんです。そしたら、師匠に「君は作詞家に向いてるよ、試しにこのコンペにチャレンジしてみなよ」と言われて、挑戦したら、その初回で採用されて、作詞家の道に進むことにしたんです。それが2015年か2016年ぐらいのことだったと思います。その後、知り合いのギタリストがグローブ・エンターブレインズに所属していたのがキッカケでここを紹介してもらい、所属することになりました。
--もっと試験や面接などがいっぱいあって作家事務所に入るのか…と想像していましたが、みなさんずいぶんあっさりと入っているんですね!もちろん、入ればそれで生きていけるほど甘くはないと思いますが、みなさんのお仕事、普段はどのように進んでいくのですか?
安岡:作曲の場合、やはりコンペが多いのですが、通常コンペは秘密裏に進められるため、その情報は一般には出回りません。レーベルやアーティスト事務所から、契約を結んだ作家事務所へと降りてくるわけですが、私たち所属作家にはそうしたコンペ情報が事務所からメールで送られてきます。そこには最初に概要が書いてあるだけでなく、社長の大友さんによる、かなり長文で独自の情報が詰まっているんです。そこで、まずはそのメールを読み、自分が取り組むべきものなのかを判断するのです。私の場合、得意ジャンルが、女性ボーカルもののJ-POP、苦手なものは電波系やパーティーソングなので、それに適合するものなのかは、文面から自己判断するわけです。まあ、毎日のようにたくさんのコンペ情報がやってくるので、自分ができそうなもの、取り組みたいものがあれば、そこで大友さんにメールを送るのです。逆に私が得意そうなものがあるときは、直接大友さんから電話がかかってくることもありますね。比率でいうと圧倒的にコンペの方が多いですが、中には事務所や私自身への指名での仕事もあります。その後、実際に曲を作っていくという流れですね。最近はややペースが落ちたのですが、1か月で4~5曲作る感じでしょうか。
--安岡さんの過去作で代表的なものについて教えてください。
安岡:ハロプロ関係や松浦亜弥さんの曲など、数多く取り組んできました。アレンジの仕事もしていて、モーニング娘。さんなど、やはり女性ボーカルものが多いですね。あとはアニメ・ゲーム系の作編曲も増えています。最近では大原櫻子さんの「ツキアカリ」。また以前は、城南海さんの作曲もライフワークのように取り組んでいました。
--島さんは映画音楽の勉強をしていたとのことでしたが、今はどんな曲を作っているのですか?
島:ゲームのBGMやジャニーズのライブ曲が多いですね。ゲームのBGMだとフィールド、バトル、カットシーン、ムービーなどの映像に音楽を付けることが多く、オーケストラ主体だけど、シンセも入れたりなど、結構好きに作曲できるんですよ。一方舞台やライブの曲は インスト音楽という意味では同じなんですが、舞台の音楽はベタで分かりやすいものが求められるんです。舞台で、あまり突飛なことをすると、お客さんが「この演出は何を意図しているんだろう?」と不安になったり、困惑するからですね。一方で、ゲームのBGMは変化球が必要とされ、逆にベタなものはNG。だから目的に応じて作り分けていく必要があります。
--島さんの場合、月にどれくらい作曲されるのですか?
島:今はありがたいことに指名での仕事が多いので、コンペの曲を作ることはほとんどなく、コンスタントに続いているゲームの仕事が月に平均で10曲。ジャニーズWESTさんを中心としたアイドルのライブは季節によって違うのですが、Overtureだと月に2、3本ですね。その間に、ゲームのBGMの仕事が7、8本ある感じです。
--Soflan Daichiさんは作詞家として、普段どのように仕事を進めていくのですか?
Soflan:作詞の仕事の場合、事務所として作曲とセットで行われるケースが多いため、自発的に好きな作詞を行うというのではなく、事務所の誰かの曲が仕上がりそうになったタイミングで仕事が降ってきて、取り掛かる感じです。どの作曲家もコンペの締め切り、ギリギリまで制作していたりするから仕事がやってきてから、やってきてから1日か2日で仕上げなくてはならないケースがほとんどです。酷いと、昼前ぐらいに大友さんから電話がかかってきて、「夕方までになんとかならないか!」というものもありますからね(笑)。そんな状況だから、苦手ジャンルがあると作詞は難しいんですよね。まれに歌詞だけのコンペもあったりしますが、基本は事務所所属の作曲家と一緒に作ることがほとんどです。
--コンペだと、作品として提出しなくてはいけないから、作詞して完成ではなく、仮歌も入れた形での提出ですよね?
Soflan:その通りです。なので、歌詞の締め切りはコンペの応募締め切りよりも早いわけで、だから、案件が来てから数時間で……なんてこともあるわけです。仕事数的に言えば、最近は月に4~5曲、多いときで10曲ぐらいですね。一晩で2曲作る……なんてハードなこともあるわけです。最近の作品としてはDA PUMPさんや、アニソン系が多いですね。たとえばReステージ!やご注文はうさぎですか?、音戯の譜シリーズ……などなど。調べればもっとあるはずなんですが、あまり覚えてないです……(笑)
--さて、ここからやや聞きにくい話ではありますが、多くの読者の方も気になるお金の話を伺いたいと思います。そもそも作家事務所というのは給料がもらえるわけではなく、仕事量に応じての報酬ということなんですよね?実際どんな報酬体系になっているのですか?
安岡:そうですね、会社員と違って固定給というものはありません。作曲の場合、中には買い取りという形もありますが、ほとんどが印税収入となっています。この印税は年に4回の振り込まれる形になっていますが、当然のことながらコンペであれば通った分のみなので、仕事した分が全部お金になるわけではありません。コンペに通るヒット率でいうと、最近は打席数が少なく代打みたいな感じなので、割合的には高いほうだと思います。だいたい1、2割でしょうか……。一方、編曲は1曲ごとにギャランティが発生するようになっています。
--採用率が1~2割ということは、残りの8割は無駄働きになるということなんですか?
安岡:基本的にはそうですね。もちろん、完全に捨ててしまうとか無駄になるわけではなく、ストックとして取っておくことができます。そのため、別の案件でアレンジをかえてうまくいくケースなんかもありますよ。一方で、仮歌の上手、下手もコンペを通るか否かを決める重要なポイントとなるのですが、この仮歌は事務所負担というわけではなく、作曲家責任になるんです。つまり私自身が仮歌さんを手配し、お金を出す仕組みであるため、ボツになれば、それがそのままマイナスになるから、信頼のおける仮歌さんに仕事をお願いしているんですよ。ちなみに最近の仮歌さんは、オケと歌詞を送ると自分でレコーディングしてボーカルトラックを送ってくれるケースがほとんどで、中にはMelodyneなどで修正もした上でこちらに納品してくれるケースもあるので、まさにプロ同士の阿吽の呼吸での仕事となっています。
--一方、島さんのお仕事は、コンペではなく、指名がほとんどとのことでしたが、この場合の報酬体系はどのようになるのですか?
島:ゲームの場合は、曲を作って、実装されて、ゲームが出来上がってからの清算になるので、制作してから早いと翌月ですが、平均すると3、4か月後ぐらいに振り込まれます。指名での仕事の場合は、リテイクがあるケースはあるものの、たいていは細かい直しぐらいで、大幅な直しというのは今のところないですね。一方で、ライブの仕事というのは、ライブで歌う曲というのではなく、オープニングで流れる曲だったり、ダンスシーンで使われる曲などで、指名の仕事とはいえ、ときどき狭い範囲でのコンペになったりもするんです。とはいえ、そのときすぐに使われなくても、別のシーズンで使われるなど、完全に無駄になってしまうことはないですね。ゲームもアイドルものも基本的に買い取りなので、仕事をした分だけの収入が入ってくるわけですが、ライブがDVDになったときは印税収入も入ってくるので、ちょっと嬉しいところですね。
--作曲家の場合、仕事の仕方によって印税だったり、買取だったり、ということがあるのが分かりましたが、作詞家の報酬体系は、どのようになっているのですか?
Soflan:作詞についても基本的には印税となります。訳詞やゲーム系は買い取りになるのですが、数は少なめです。歌詞の場合は、作曲とは違いストックができないので、同じ曲を再利用することになったとしても、歌詞はコンペ内容に応じて完全に書き直しになることがほとんどです。もっとも私の場合、純粋な作詞コンペであれば、採用率は3、4割ぐらいだと思います。事務所所属の作曲家と組んで取り掛かるときも3割ぐらいは保ててると思います。食べていけるのかといわれると、瀕死ですけど、なんとか生きています(笑)
安岡:ギリギリ生きていけますよ(笑)。運も重要ですね。
--みなさん実力があるからこそ、だと思いますが、やはり運も必要だと?
安岡:思い続けていたから、という訳ではないですが、たまたま仕事の巡り合わせで好きなアーティストとご一緒する機会がありました。さらにそこから仕事に発展して、いまは楽しい仕事も多くできています。もちろん実力も大切ですが、運の要素もあると思います。
島:運もそうですが、「自分の売り」となるポイントを伸ばすことも重要ですね。僕はいいメロが書けなかったり、オーケストレーションについては、まだまだなところがあると思っているのですが、短期間で高い完成度の曲を作れる、という点では自信を持っており、人に負けないと思っています。
Soflan:作詞家の場合は、瞬発力がものを言うと思います。短期間でどれだけいいものを作れるか…。瞬発力あってこその運ですね。
--ところで、みなさんは制作用の機材、システム、どんなものを使ってらっしゃいますか?DAWやハードウェア類など、少し教えてください。
島:私はMacにCubase Pro 10をインストールしたマシンにプラグイン類を片っ端から入れた環境で使っています。また作曲用はCubaseですが、映像と曲を合わせるためにDigital Performerを使い、エンジニアさんにデータを渡すためにProToolsも使っています。ハードウェア音源よりもプラグインのソフトウェア音源派です。実際のところ、4~5万のプラグインを入れて作品のレベルが格段に上がるので、年間200万円ぐらいプラグイン類を買っていますね。特に打楽器類は新しいのが出たらなるべく買うようにしています。モニタースピーカーはGENELEC 1030ですが、いま使っているオーディオインターフェイスが非力なので、近々RME Firefaceを買おうと思っているところです。
安岡:メインではDigital Performer 9を使っています。もともとMIDIの打ち込みで仕事をしてきたのが経緯だから、やはりDPがしっくりくるのです。とはいえ、そろそろ老眼で小さい文字を見るのがきついので、拡大縮小が自由自在なDP10にアップグレードしようと思っているところです(笑)。編曲の仕事をしていると感じるのですが、音色ってすぐに古くなっていくので、それなりに新しいソフトウェア音源は買っています。とはいえ、いまさらながら、先日Omnisphereを買い、「おー、みんなこれを使っていたのか!」ってね(笑)。またピアノ音源を探している中、同じくSpectrasonicsのKeyscapeに出会っていい買い物ができたな、と思ったところです。
Soflan:作詞家ではありますが、もともとギタリストなので、必要ない機材はいっぱいありますよ(笑)。まあ、作詞なので、曲を作るわけではありませんが、、作曲家から上がってきた曲の一部をリピートして考えたいときとか、好きなところで止めたり、キーを変更したりする……といった目的でLogic Pro Xを使っています。
--最後にこの仕事をしていて、みなさんにとって、何が一番キツイこと、大変なことですか?
安岡:やはりメロディーが出てこないときは辛いですね。スランプもありますし、楽しくなくなってしまうときが、定期的に来るんですよ。他の人が聴けばいい作品に仕上がっているとしても、自分で納得できなくなってしまうんです。そんなときは大変ですね。
島:先日、ラグビーワールドカップの選手入場曲をアレンジしたのですが、通常4日ぐらいかかる内容を「2日でなんとかしてくれ」と大友さんから頼まれて、なんとか仕上げたのですが、いくら速さに自信があっても、さすがにちょっと厳しかったですね。数多くの音源を片っ端からそろえているのは、そんなオーダーが来たときでも対応できるからです。全般的にいえることは、発注内容の意図をくみ取って、音源を作らなくてはいけないので、そういったすり合わせが大変なこともあります。みずみずしいオーケストラが欲しいのか、枯れたオーケストラなのか、大規模なのか、小規模なのか、それはこっちで考えることだったりするので、持っている多くの音源をパレットとして使い、いつも最善なサウンドの方向性を考えています。
Soflan:時間がない中で歌詞を作らなくてはいけないとき、同じアーティストから同じ発注でいろいろな種類の歌詞を書いてほしいとき、発注内容が分かりくいとき、特定のフレーズが決まっていてそれ以外を埋めていく感じで書くとき、お任せが立て続けにくるとき……などなど、毎日大変なことばかりですね!
--ありがとうございました。
「現役作家のつぶやき!クリエイターの悶絶生活」では、今回みたいなお話を随時更新しているとのことなので、これからプロを目指している方には、何か発見や参考になることがあるのではないでしょうか。またオフィシャルTwitter(@musiccomment00)は更新ごとに告知しているので、よかったらフォローしてみてはいかがでしょうか?
(撮影協力)サウンドイン青山スタジオ
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