ポーランドのレコーディング技術メーカーであるZYLIA(ジリア)。同社は昨年、サッカーボールのような形をした不思議なマイク、ZYLIA ZM-1なるものを発売しました。これはPC(Mac/Windows)とUSB接続して使うマイクで、そのままバンドやセッションを一発録りでレコーディングすると、あとでパートごとのマルチトラックに分解することができる、魔法のような機材です。
実際にはマイク単体だけでなく、AIを使う特許技術の入ったZYLIA Studioソフトウェアとの組み合わせで実現するのですが、そのセットとなるZYLIA STANDARDは実売価格75,000円(税抜き)前後で発売されています。先日、ニコニコ生放送/YouTube Live番組のDTMステーションPlus!で、ZYLIA STANDARDを使ってレコーディングしてみたところ、ボーカル、アコースティックピアノ、パーカッション、フルートの編成での演奏を見事に分解することができました。ここで、何をどのようにしたのか、どこまでのことができたのか、改めて紹介してみたいと思います。
バンドの演奏をそのままレコーディングする、という場合、普通はボーカル用、ギターアンプ用、ベースアンプ用、ピアノ用、ドラム用……というようにマイクを1本ずつ立て、それぞれをオーディオインターフェイスの個別ポートに接続してDAWに録っていきます。ドラムはキック用、スネア用、タム用、シンバル用……などと別々に振り分ければかなり大がかりになってしまいます。
またオーディオインターフェイスもマイクの数に対応したポート数が必要となり、それぞれにマイクプリが必要となると、かなり高価で、大きな機材になってしまうため、手軽にレコーディングというわけにはいきません。
ポータブルのリニアPCMレコーダーをリハスタに持ち込んで、これで録るというのもいいですが、これだと各パートのレベル、バランスを完璧にして演奏する必要があるし、レコーダーのマイクの向きをどうするかなど難しい面もいっぱい。単に演奏の雰囲気を確認するだけならそれでOKですが、作品に仕上げるとなると無理があるのも事実です。
そうした中、多くのマイクも多チャンネル・オーディオインターフェイスも不要で、ごく簡単にレコーディングできてしまうけれど、あとで自由に調整できる、というのがZYLIAのシステムなのです。たとえば「ギターの音が大きすぎたので下げたい」、「ピアノが右に寄りすぎていたので、もう少し中心に持っていきたい」、「ボーカルにコンプを掛けた上で、リバーブもかけたい」……といったことを実現できるのです。
実際の様子は以下のビデオでご覧いただくことができますが、具体的な流れを簡単に紹介していきましょう。
今回、シンガーのコテカナこと、小寺可南子さんをゲストに呼んで、少し広めのスタジオでレコーディングを行っていきました。最初の演奏は
アコースティックピアノ
フルート
パーカッション
という編成。少し広がって演奏したのですが、その中央付近にZYLIA ZM-1を配置。その後各パートごとのキャリブレーションという作業を行っていきます。
具体的には、まずZYLIA Studioで女性ボーカルという項目を選ぶとともに、キャリブレーションをスタートさせ、コテカナさんに8秒間ほど声を出してもらったり歌ったりしてもらいます。
続いてアコースティックピアノを選択してピアノを8秒演奏、フルートを選択して8秒演奏、パーカッションを演奏して8秒演奏……と繰り返していきます。この際のポイントは、ほかの人は音を出さずに静かにしておくこと。これによって、ZYLIAはどちらの方向からどのパートの音が出ているかを解析してくれるのです。
実はZYLIA ZM-1の中には19個もの高感度なマイク素子(MEMSマイクと呼ばれるもの)が入っており、これで音を捉えることで、音の方向を正確に捉えることができるんですね。また、その音がボーカルなのか、フルートなのかを事前に教えておくことで、正確にその特性を把握して、処理できるようにしているのです。
この準備ができたら、さっそくレコーディング。ZYLIA Studioの録音ボタンをクリックするだけです。これでバンド演奏が録れていくわけですが、まあこれだけだと、単にポータブルリニアPCMレコーダーで録音するのと大差ない状況です。
ところが、録音した波形の右にあるボタンをクリックすると、録音した音が解析され、ボーカル、ピアノ、フルート、パーカッションと、4つに分解され、それぞれの音量バランスとパンの調整が自由にとれるようになるのです。実際にボーカルを大きくすると歌声がハッキリ聴こえるようになるし、パーカッションを下げると、聴こえなくなっていきます。
では、ピアノだけをソロにして、ほかの音をミュートするとどうなるのか……。完全にピアノ音だけになるのかな、と期待したのですが、そういうわけではありませんでした。確かにピアノが非常に大きいけれど、ボーカルもフルートもパーカッションも入っているのです。これはフルートのパートでもボーカルのパートでも同様。
今回、機材のオペレーションをしてくれたメディアインテグレーションの岡田裕一さんによると「個別の音を完全に取り出すのを目的にしているわけではなく、スタジオで各パートにマイクを向けたような形にするものです。そのため、音の被りもあるのです」とのこと。確かにスタジオで一発録りをすれば、ボーカル用のマイクにほかの楽器のパートも入ってくるのは当然ですから、それでいいわけですね。
とはいえ、DTMをしている人から見れば、単にボリュームとパンを調整するだけでは物足りなく感じてしまいます。やはりDAWに取り込んで、いろいろと調整してみたいところ。それに対し、ZYLIA Studioは、分解した音を個別のWAVで書き出す機能を持っているので、それを行った上で、ここではPro Toolsに4トラックのオーディオとして読み込んでみました。
この状態でそのまま再生すれば、キレイに揃ってくれます。その上でDAWのミキシングコンソールを操作すればレベルやパンの調整はもちろんのこと、ボーカルにリバーブを掛けるとか、ピアノにコンプを掛けるとか、EQで調整したりエフェクトを使うことも自由自在。先ほどの説明のとおり、完全にボーカルを消し去るということはできないものの、レベル調整を行うという意味では、まったく問題なく使うことができました。
この1曲目のレコーディングにおいては、ボーカルは生声のままZYLIA ZM-1のマイクで収録したわけですが、バンドサウンドとしてPAを通した音で録りたい…というケースもあるはず。そこで、2曲目はSHUREのダイナミックマイクSM58をフロアに置いたヤマハのアンプを通じて音を出してレコーディングしてみました。
また、1曲目の演奏ではフルートを吹いていただいた作曲家の多田彰文さんには、ベースに持ち替えてもらって、ベースアンプを通じた音に変更。この状態で、改めてキャリブレーションをし直した上で、同様にレコーディング、解析・分解、DAWでの作業…と進めていくことができました。
PCを使う必要があり、キャリブレーションの作業が必要になるので、リニアPCMレコーダーでの録音と比較すると、多少手間がかかる面はあるものの、数多くのマイクを立てていくレコーディングと比較すると、圧倒的に手軽で簡単で短時間でマルチトラックのレコーディングが行えるZYLIA STANDARD。バンドメンバーでのレコーディングを効率よく行うための強力なアイテムとして使えそうです。
なお、ZYLIA STANDARD(実売価格75,000円)の上に、ZYLIA PRO(実売価格120,000円)という製品もあります。これもマイクとしてZYLIA ZM-1を使っているほか、ソフトウェアとしてはZYLIA Studioが入っている点では同じなのですが、それに加えて
ZYLIA Ambisonics Converter
ZYLIA Ambisonics Converter Plugin
がセットになっています。ZYLIA Studio PROはサラウンドに対応したソフトとなっているもの、ZYLIA Ambisonics ConverterおよびZYLIA Ambisonics Converter Pluginは、VRサウンド/イマーシブオーディオの制作において必須となっているAmbisonics(3次Ambisonicsまで対応)マイクとしてZM-1を活用できるというもの。
以前、ZOOMの1次Ambisonicsのレコーディングシステム、H3-VRを記事で紹介しましたが、よりリアルで正確な空間表現をしたいというのであれば、ZYLIA PROが使えそうですね。
【関連情報】
ZYLIA STANDARD製品情報
ZYLIA PRO製品情報
【DTMステーションPlus!】
第124回「ZYLIAマイクで同時録音をマルチトラックに?!」(YouTube)
【価格チェック&購入】
◎Rock oN ⇒ ZYLIA STANDARD
◎宮地楽器 ⇒ ZYLIA STANDARD
◎Amazon ⇒ ZYLIA STANDARD
◎サウンドハウス ⇒ ZYLIA STANDARD
◎Rock oN ⇒ ZYLIA PRO
◎宮地楽器 ⇒ ZYLIA PRO
◎Amazon ⇒ ZYLIA PRO
◎サウンドハウス ⇒ ZYLIA PRO
【今回の演奏に使った2曲を収録したアルバム】
◎DTMステーションCreativeオンラインストア ⇒ Sweet My Heart feat.小寺可南子