MIDIを使い、その楽器固有の情報を入出力するためのシステム・エクスクルーシブ・メッセージ(SysEx)。従来、このシステム・エクスクルーシブ・メッセージを自社製品に搭載できるのは、実質的に大手楽器メーカーだけであり、マニュファクチャラーID(メーカーID)と呼ばれる番号を割り当てられたメーカーのみが使える仕組みになっていました。しかし、個人メーカーブームと言われる昨今、個人で電子楽器を作るケースも少なくなく「自分でもシステム・エクスクルーシブを使いたい」…といった声が出てくるようになりました。
そうした中、日本でMIDI規格を管理している楽器業界団体である音楽電子事業協会(AMEI)が、より多くのメーカーがシステム・エクスクルーシブ・メッセージを利用できるように制度を改変。現在、システム・エクスクルーシブID会員なるものの、募集を開始しています。このシステム・エクスクルーシブID会員とは何なのか、実際にどのようにして利用するものなのかなどを紹介してみましょう。
Maker Faireが大盛況であることに代表されるように、最近は個人メーカーブームとなっており、シンセサイザなどの電子楽器を個人や小さい企業が作るケースが増えてきています。
その背景にはマイコンチップの小型化や低価格化、またArduinoやRaspberry Piなどの小型コンピュータが手軽に、安価に利用できるようになったことがあると思います。開発の世界からは程遠いところにいる私でさえ、こうしたものを見ると、「何かちょっと作ってみたい!」と思ってしまうくらいですから、似た思いを持っている人も少なくないでしょう。
こうしたマイコンを活用して電子楽器を作るとなると、やはり外部とMIDI接続をするというケースも多くなるはず。ここでいうMIDI接続とは、必ずしもMIDI端子を使うという意味ではなく、物理的にはUSB端子を使い、USBケーブルにMIDI信号を通すことも含めてですが、外部のキーボードやDAW、シーケンサなどと接続するとなれば、MIDIを使うことになります。
このように自分で作った機材にMIDI機能を搭載すること自体は、自由であり何も問題はありません。ノートオンやノートオフ、ピッチベンド・チェンジやコントロール・チェンジ、プログラム・チェンジ……のようなMIDI規格で決められた汎用的なメッセージを使うことは誰が行ってもOKで、個人メーカーにとっても非常に有用な規格です。
でも、その開発する楽器がより高性能なものになったり、より複雑なシステムになってくると、汎用的なメッセージだけでは事足りなくなってくるのも事実でしょう。たとえば、一般的ではないパラメーターをコントロールしたい、とか、作った音色データをまとめてMIDIで保存したい、サンプリングデータをMIDIで送受信したい……などとなるとシステム・エクスクルーシブ・メッセージを使う必要が出てきます。
改めてシステム・エクスクルーシブ・メッセージについて説明しておくと、これは汎用的なMIDI信号だけではコントロールできない、機器固有の制御を行うためのもの。そのシンセサイザ特有のパラメータを細かくコントロールしたり、機器の情報を細かく把握するのにも使うことができます。もっともMIDIは必ずしも楽器だけの制御に使うのではなく、照明システムに活用したり、もっといえばドローンに搭載してコントロールする…なんてことも可能なのです。
そのシステム・エクスクルーシブ・メッセージは、MIDI信号においては”F0″から始まり、”F7″で終わるという、少し特殊なもの。”F0″に続いてマニュファクチャラーIDが来るのですが、ローランドなら”41″、コルグは”42″、ヤマハは”43″……などと決まっており、割り当てられているメーカーだけが使えるものとなっています。
あくまでも個人の私的利用というのであれば、ユニバーサル・システム・エクスクルーシブ・メッセージで非営利目的用の”7D”をマニュファクチャラーIDとして利用するという手はあります。しかし、これを販売するとか、頒布するとなると、他の機材との競合が起きる可能性があるのでNG。もちろん、ほかのマニュファクチャラーIDも含め、勝手に使うことは許されていません。
今までマニュファクチャラーIDを取得しようと思ったら、年間25万円の年会費を支払いAMEIに入会する必要がありました。さらにMIDIを相互接続のテストを行うために、あらかじめドラフトを作成してAMEIに提出するとともに、実際に製品が発売されるまでの間、運用開始当初は5万円の預託金を支払う義務があるなど(現在、この預託金は不要となっています)、高いハードルが設けられていました。
しかし、ここにきて、年間2万円(消費税込み)の使用料のみで、マニュファクチャラーIDが取得でき、自分の製品にシステム・エクスクルーシブ・メッセージが使えるようになる制度が作られ、システム・エクスクルーシブID会員の募集が行われるようになったのです。
これにエントリーすれば、個人でも、法人でも専用のマニュファクチャラーIDが与えられ、これを利用することができるようになるのです。もちろん、これは世界で唯一のIDとなり、その名前が世界のマニュファクチャラーIDの一覧に掲載されることになります。そして、もちろん正々堂々と自分の製品で自分だけのシステム・エクスクルーシブ・メッセージを使えるようになるわけです。
年間25万円が2万円と、ハードルが下がったことで、今後、いろいろな人、企業がシステム・エクスクルーシブ・メッセージを活用できるようになりそうです。気になる方は、一度AMEIに問い合わせてみてはいかがですか?
AMEIインタビュー
今回のシステム・エクスクルーシブID会員の募集に関し、AMEIの話を伺ってみました。対応いただいたのはAMEIの専務理事の水野滋さん、そしてMIDI規格委員会の元技術研究部会・部会長で、現在はAMEIのサポート役を務めるヤマハの柿下正尋さんです。
AMEIの柿下正尋さん(左)と水野滋さん(右)
--今回システム・エクスクルーシブID会員の募集をすることになった背景を教えてください。
水野:最近の個人メーカーブームにより、電子楽器を個人が開発して、販売するというケースが増えてきました。それを後押ししようというのが今回のシステム・エクスクルーシブID会員の制度です。実際、そうした問い合わせが何件か来ていたのが、直接のキッカケではあるのですが、実はアメリカのMIDI規格団体であるMMAでは以前から年間200ドルで同様の制度を実施しているのですが、AMEIのMIDI規格委員会からもぜひ進めたいとの要請があり、システム・エクスクルーシブID会員の募集を開始したというわけです。
--AMEIの会員年会費が25万円から2万円に下がったというわけではないのですよね?
水野:システム・エクスクルーシブID会員は、AMEIの正会員・賛助会員というわけではありません。あくまでもマニュファクチャラーIDが発行され、システム・エクスクルーシブ・メッセージが利用できるようになるというもの。AMEIの会員として、MIDI規格に対して提案をするなどの発言権があるわけではないのですが、システム・エクスクルーシブID会員リストにはIDの掲載と共に利用者名(企業名や個人名)/エクスクルーシブ・メッセージについての簡単なPRや自社のWebへのリンクなども掲載する計画です。
柿下:とはいえ、システム・エクスクルーシブ・メッセージを使うという点だけを取り出せば、AMEIの会員もシステム・エクスクルーシブID会員も違いはありません。発番されるIDも順番に割り振られるものであって、何か差があるわけではないのです。
--個人メーカーや小さい企業メーカーが参入しやすくなるというのは、裾野も広がりそうでいいですが、限りあるマニュファクチャラーID、足りなくなったりはしないのですか?
柿下:以前、このIDナンバーは1バイトであり、日本は”40″~”5F”までの32個しかなかったため、限界がきていました。そこで2003年、これが3バイトへと拡張され、現時点においては”00 40 xx”という形で割り振るようになりました。システム・エクスクルーシブID会員に発番されるのも、これに従う形になるので、当面IDが足りないという状況にはならないはずです。
マニュファクチャラーIDは従来の1バイトから3バイトに変更になった
ーー年会費を見ると、消費税込みで20,000円となっていますが、今後消費税が10%に上がった場合はどうなるのでしょうか?
水野:200ドルに合わせる形で20,000円とした経緯があるので、消費税が上がっても、このまま値段は据え置く予定です。
--仮に2年目以降、20,000円の会費を納めなかったら、どうなるのですか?
水野:当然、システム・エクスクルーシブIDの使用は停止となり、AMEIおよびMMAで公表されるIDリストにおいても「使用停止」=「suspended」と表示されることになります。
--たとえば、1バイトのIDが欲しいなど、使用停止になっているIDを指定して取得する……なんてことはできるのですか?
柿下:それはできないですね。たとえ会社が消滅していたとしても、そのメーカーが販売した機材は現在も世の中に存在するわけで、そのIDを使って作業しているユーザーはいるはずです。IDの競合を避けるためにも、使用停止のIDは使わず、新しいIDを発番する形になります。
水野:システム・エクスクルーシブID会員に興味のある方は、ぜひお問い合わせフォームよりご連絡ください。
【関連情報】
システム・エクスクルーシブID会員募集ページ
AMEIサイト