AKB48やNMB48、KinKi Kids、ジャニーズWESTといったアイドルモノから、涼宮ハルヒの憂鬱、仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズ、THE IDOLM@STERなどのアニソンや特ソン、さらには天華百剣-斬-やキングダムハーツ3などのゲーム音楽、アーティストのライブ、舞台に至るまで数多くの採用実績を持つ音楽制作会社、グローブ・エンターブレインズ。その会社から、先日、作家募集のバナー広告がDTMステーションに入りました。しかも「応募作曲のコメント返信付き作曲家募集キャンペーン」なる、ちょっと変わった内容の広告なのです。
これはどういうことなんだろう?と不思議に思う一方、作家事務所が広く一般に作曲家を募集するというのもあまりないことのように思ったので、先日この事務所の代表取締役である大友民男さんに会って、少し事情を聞いてみました。すると、普段はあまり表に出てこない、面白い話をいろいろと伺うことができました。そもそも作家事務所とは何なのか、実際、作曲家の収入はどう決まるのか、どうすれば生き残っていけるのかなど……、いろいろ聞いてみたので、紹介してみましょう。
--一般的に作家事務所というのは、何をするところなんですか?
大友:端的にいえば、作曲家さんと作詞家さんが所属している事務所です。コンペの受注をしたり、クリエイターのマネージメントを行っています。大手の作家事務所ですと、所属人数が50人を超えるところもあれば、弊社のように少数精鋭制のところもあります。
--グローブ・エンターブレインズさんの所属人数は何人なんですか?
大友:現在の所属人数は、歌モノを担当する作曲家が6名、作詞家1人、インスト作曲家1人の計8名です。それにトライアルとして活動始めたのが6、7名います。目標としては、30人から50人規模の事務所にしていきたいと思っています。
--実際にプロとして活躍している作曲家さんは、ほぼ作家事務所に所属していると考えていいですか?
大友:大手との仕事をしている方であれば、基本的には事務所に所属していると考えていいと思います。周りにはフリーの方もいるのですが、個人で活動されている方でも自分で事務所を立ち上げて活動している方が多い印象です。
--作家事務所に所属した上で、実際にどんな仕事をしていくのでしょうか?
大友:メジャー案件の場合はコンペが多いですが、一部買い取りという場合もあります。大きな流れでいうと、まず事務所にコンペ情報だったり、仕事の依頼が来ます。弊社の場合ですと、昨年は700件弱の依頼数があったので、その中からそれぞれ得意なものを中心に作ってもらい提出するといった流れになります。
--やはり基本はコンペなんですね。
大友:そうですね。ただ、最近は狭い範囲のでの発注が増えてきています。信用できる事務所にコンペ情報を提示して、しっかり取り組んでいるところが生き残っているイメージです。もちろん人気アイドルグループなどでは、広く浅くコンペをするケースもありますが。
--たとえば、アマチュア作曲家がコンペに参加してみたいと思っていても、基本は事務所に入っていないとコンペ情報って来ないんですね。
大友:そうです。コンペ情報には、発売予定日だったり、さまざまな情報が含まれているトップシークレットの情報なので、一般に情報が出回ることはないですね。ですので、事務所と作家さんがちゃんと契約を交わしているところでないと、開示はされないです。
作曲家の収入はどのようにして決まるのか?
--収入源はコンペや買い取りということですが、実際の作曲家の収入はどう決まるのですか?
大友:作曲家にはCDがリリースされた後、1、2か月以内に著作権契約書が届きます。著作物としては、死後70年まで著作権者として法律で守られた資産になります。それから、CDが売れた枚数分の印税と、演奏権というものが主な収入となります。カラオケ、放送やライブなど、物として形になっていないものをまとめて演奏権として扱うのですが、それを2次印税と呼びます。実際の額でいうと、15年~20年前だと一曲あたりカップリングでも採用されると10万~15万ぐらいにはなっていましたが、今は1~2万円というケースが少なくありません。音楽業界自体、縮小しているので印税も減額しているのが実情です。
--買い取りについても教えてください。
大友:弊社は基本的には印税契約をしているので、買い取りの件数自体は少ないです。ただ、インディーズの場合で印税の金額があまりにも少ない場合には、買い取り契約をして収益はある程度確保しています。
--一般的に作曲家さんには、印税総額から事務所側の取り分を引いたものが入ってくるわけですよね。そもそも、所属している作曲家さんは社員という訳ではなくて、事務所と契約している外注先扱いということになるんですか?
大友:はい。なので、月々決まった給料がもらえるという訳ではなく、売れた曲に対する印税が入る形になります。
小さな新規事務所が勝ち残るために採用した手段
--ここから先、グローブ・エンターブレインズについてお話しを伺っていきたいのですが、今8人所属しているとのことですが、最初はどうスタートしたのですか?
大友:私自身は、元々大手の作家事務所でスタッフワークをしていて、そこからの独立です。2001年から準備段階として活動を開始し、2002年に事務所として設立しました。もっとも法人としては父親の会社の一部門のような位置づけだったので、新規に登記したわけではないのですが。その時は、やみくもにアルバイト募集のような形で作曲家を募集したのですが、当然、有名作曲家さんが来てくれるはずもなく、実績ゼロの新人作曲家4人集まってくれて、そこからのスタートでした。
ーー実績のない新人4人でのスタート、やはり、そう簡単にはいかないですよね?
大友:もちろん覚悟はしていましたが、当初はとても大変でした。その打開策として、まず最初に始めたのがメロチェックという手法で、これは今も基本的な制度として取り組んでおり、日常的に行っているものです。
ーーメロチェックとはどういうことをするものですか?
大友:その名の通り、メロディをチェックしていくのです。私自身が、以前の事務所で大御所作家さんの作品クオリティに触れてきて、どのような曲が採用されるのか、それなりのノウハウを貯めてきていたので、それを元に、作家があげてきたメロディをチェックし、修正していくのです。大御所の作曲家さんの提案力に少しでも追いつくためには、メロチェックをして、作品のウィークポイントを改善してから提出していかないと、生き残っていけなかったんです。最初の4年間は、案件数も少なかったのですが、それでも「仮面ライダー龍騎」や「仮面ライダー555」、アニメのオープニング、SMAPのアルバムでの採用など、大きい案件で決まったのは幸いでした。大御所に負けない作品作りに右往左往しながら、実践していってノウハウを固めていた最初の4年間ですね。そして、5年目で31枚、6年目で66枚、7年目で84枚…と採用数も増えていったので、今思えば最初の4年間が一番苦労した下積み時代でしたね。
--事務所の制度として普段からメロチェックをするということ自体、簡単ではないと思いますが……。
大友:新人と一緒に戦っていくためには、やらざるを得ない環境だったんです。でも、いろんな確認作業を作家と並走するシステムができ上がったので、結果的によかったと思っています。このメロチェックには副産物のようなメリットもあります。1つは提出する楽曲のクオリティが安定するということ。どこのメーカーの担当者に会いに行っても、グローブ・エンターブレインズからの楽曲は80点以下はないよね。と言っていただけています。80点がいいかどうかは別として、とにかく酷いものはないという信頼を築くことはできました。2つ目は、打合せしている時の肌感覚を作家とも共有しているので、ストライクゾーンの調整がしやすい、ということ。例えば、「◎◎のようなものを求めている」というコンペ案件でも、あえて少し違った形にしてもストライクゾーンになり得るため、その形に合わせて提出する楽曲を作家とも調整していきました。3つ目は、提出後の楽曲リサーチが管理力や楽曲評価の把握に繋がっているので、作家さんにとっての大きな安心感になっていると思います。
--メリットしかなさそうですが、メロチェックにはデメリットも存在するのですか?
大友:もちろんです。どうしても尖った作品は丸くなってしまいますね。最初の4年間で分かったのは、メロチェックをあまりしすぎないほうがいい、ということ。そのため今は3回以内に抑えるようにしています。あとは、勝ち慣れていった作家に対しては、メロチェックする必要がなくなっていくので、意見交換することはあっても作品を揉むことやウィークポイントを改善していくことはあまりしないですね。本人たちもプロデューサーとして意図が明確になっていくので、そこは本人に任せています。
採用される曲にするためのメロチェックとは
--気になるそのメロチェック、具体的な内容をもう少し教えてもらえますか?
大友:最低限のルールとしては、作曲家として提出して恥ずかしくないものを基準にしています。誰でも作れるようなメロディだったり、学校で習うような定番のコード進行などは世の中に溢れかえっているので、ありきたりなメロディではなく、将来的に聴き続けてもらえるような楽曲を目指しています。オリジナリティやひと癖あるもの、アーティストの半歩先ぐらいにピントの合ったものを意識していますね。
--メロチェックは大友さんがすべて行っているのですか?
大友:そうです。メロチェックは今までの経験があったからこそできることだと思います。最初の4年間の話に戻るのですが、その頃は作品を持って行っても、ろくに聴いももらえなかった。運よく聴いてもらえたとしても、イントロの数小節を聴いただけで、「うん、次の曲聴かせて」、なんて言われてしまうなど、木っ端微塵にされてたんですよ(苦笑)。なぜそれがダメだったのかなどの理由を、とにかく食らいついて聞いていった。それがメロチェックの精度アップに直結していると思います。このダメ出し、作家自身にではなく、スタッフに対してだから容赦ないんですよ(笑)。だからこそ、本音が聞けたということもあるのですが、作家本人でなくても、かなり傷つきますよ(笑)。
--実際にプロデューサーやA&Rの方と会って、目の前で聴いてもらうことは今でもあるんですか?
大友:昔はそれが普通だったので、今でも可能な限り継続しています。今だと一般的にはメールでエントリーしておしまい、というケースがほとんどかもしれません。でも僕の場合は、可能なら実際にお会いして、お話したりするので、今でも目の前でダメ出しされることも少なくないですよ。
--そのダメ出しをもらいに行くって、これから作家事務所を作りたいと思っている人でもできるものですか?
大友:みんなやりたがらないでしょうし、嫌でしょうね。他人の作品なのになんでそこまで言われなくちゃいけんだ、と思うでしょう。ドMだったらできると思いますけど(笑)。今でもできればエントリーした案件には全部に顔を出して、お話したいところですが、最近は案件数も多くて回り切れないため、会っていただける方中心に絞っています……。
--一方で、ゲーム系の音楽はCDを発売することがメインではないと思うのですが、そこについても教えてください。
大友:舞台や番組、ライブやゲームは、基本的に買い取りになります。弊社でも最近、そうした案件の比率は少しづつ伸びてきています。金額はケースバイケースで、値段もピンキリです。たとえば天気予報のBGMなど毎日使われるようなものは、一曲で一般的なサラリーマンの年収前後は稼げますね。ゲームや舞台の買い取り金額は、サイズにもよりますが1曲5万円以上のケースが多いですね。ライブはDVDになることも多いので、そうなると印税だけでも20ぐらいにはなります。その場合は制作費としてまず清算して、印税契約を結ぶことがほとんどです。
--ライブでの楽曲というのはどういうことですか?
大友:たとえば、ライブのオープニングでかかる楽曲やそれぞれメンバーの出し物としてのダンス中に流れる楽曲、舞台だとシーンごとで必要な楽曲などですね。
--ゲームのBGMがCDになることがありますが、それも収益になるんですか?
大友:ゲームの音楽がCD化されても印税扱いにはならないです。名前はクレジットされますが、基本買い取りですので。余談ですが、弊社ではスクエニのスマホゲーム「ゲシュタルト・オーディン」への楽曲提供や今年1月に発売された「キングダムハーツ3」にも楽曲制作をしています。キングダムハーツ3に関しては、販売数が500万本超えていて、ドラクエに並ぶぐらいのAAAと呼ばれるレベルなので、これを機にちょっとぐらい知名度が上がらないかな…なんて思っています(笑)。
なぜ作曲家応募に対しコメント付きで返信するのか?
--ちなみに今回、DTMステーションに「応募作品のコメント返信付き作曲家募集キャンペーン」という、という作家募集のバナー広告をを入れていただきましたが、作家さんは足りないですか?
大友:そうでね。ずっと足りないです。これは他の作家事務所も含めて、慢性的に足りてないと思います。案件メールは、転送可能なので、密度が減らないまま共有できます。これは個人的な予想ですが、どの作家事務所でも案件はかなり抱えていると思います。だからこそ、キャンペーンを始めたんですね。これは、応募作品にコメントを返すというものです。一般的にどこのメーカーに送っても、作家事務所に送ってもコメントがもらえるということはありません。そのため、作家さんは暗闇にボールを投げ続けるような形となり、そのうち心が折れてしまうのではないでしょうか?多少なりとも、作家を目指す人の役に立てればと、2017年ごろから期間限定でコメントを返してみたら、とても反響がよかったのと、僕の負担がそんなに大きくなかったので、2018年から随時のキャンペーンとして始めました。普段からメロチェックも行っているので、このキャンペーンも通常業務の延長線上で弊社らしいキャンペーンだと思っています。
--基本的に新人作家として事務所に入りたいと思ったら、どうするものなんですか?
大友:作家事務所の募集に直接応募する形が一般的だと思います。ですが、作家事務所の募集要項ってどこも結構アバウトなんですよね。細かい情報がないのにも関わらず、送った音源に関しても落ちた理由とか教えてもらえないのが難しいところ。一方で、雇用するわけではないので、大手の求人サイトにも載せてもらえないため、みんな自社ページで一生懸命募集していますね。
--今後、グローブ・エンターブレインズとしてはどのくらいの人数を採用していくつもりですか?
大友:今8人から、3倍にはしたいですね。最近はさらに間口を広げて2軍の育成もはじめています。だから、ぜひプロの作曲家を目指す多くの方にエントリーしていただきたいと思っています。もちろん、全員が生き残れるわけではないですし、すぐに辞めちゃう人がいるのも事実です。
--辞めた理由ってどんなことだったのでしょうか?
大友:まずは、自分の創作活動しかしてこなかった人たちは、リアルな発注書をみて、そこに合わせるのが大変で、ビックリしてしまうんですよね。自問自答しながら自分の満足度を追求する作品作りと、人の為に作る作品作りと全然違う感覚を受けると思います。また、食っていけないからという理由で辞めてしまうことも少なくないです。先日も2年弱所属していた作曲家が辞めてしまったのですが、他の事務所に移るんじゃなくて、別の職業に移っちゃうんです。その彼は「音楽辞めます!」って明るく去って行きました(笑)。ようやく採用が出始めたところあったんですけどね。
--ちなみに来た案件はどう割り振っているのですか?
大友:作曲家自身が申請する制度にしています。カレンダーを共有して、だれが参加しているかなど確認できるようにして、被らないように交通整理はちゃんとしています。
--その案件数が年間700件弱とのことですが、案件の提出率ってどのくらいなんですか?
大友:それは目標からはまだ低めなのでオフレコにさせていただきます。ただ、提出した時の去年のチーム採用率は38%でした。一般的には作家さん個人の採用率は5%ぐらいの印象です。もちろん人によって、採用率は違いがあり、1軍はコンスタントに採用されていますね。新人さんは最初採用されるまでに時間がかかったりしますが、それでも提出させてあげるということはしています。
--たとえば、採用されなかった曲はどうするんですか?
大友:ブラッシュアップというより、ピントを合わせ直す方向で変更して、他に合えば提出したりします。ただ、弊社は楽曲管理をしっかりしていて、提出し終わった楽曲がどうなっているか、担当者とやり取りしているので大丈夫なんですが、他の作家事務所だと、たまに作家の自己判断で、別のところに出してトラブルになるケースを小耳に挟みます。
--キープされた曲かどうかの情報も分からなかったりするのですか?
大友:そうですね。案件数と作曲家さんが多いところだと、管理しきれないのは想像に難しくありません。楽曲の結果報告は、担当者との人間関係で成り立っていて、多少疎遠だと連絡が遅くなったりすることがあるんですよね。担当者も事務所も忙しいので、かみ合わせが悪いと全然連絡が来なかったりするのが実情です。
--今後、グローブ・エンターブレインズはどう動いていくつもりですか?
大友:消費税増税などを機に、今年辺りから、CDから配信の時代に完全に切り替わると考えています。そうすると、J-pop中心にCDとして発売する間隔は長くなると思うんですよね。同時に配信だとカップリングが必要ないので、全体的に案件数が激減すると考えています。去年との比率でいうと2割減ぐらいまで覚悟しているので、それを前提に動いていくつもりです。なので、今J-pop7割、アニメ3割で発注を受けていますが、今年の秋以降はアニソンやゲームを5割まで増やしていこうと思っています。理由は、アニメは3か月に1回楽曲を作る必要があるからです。アニメのOP/EDが採れる会社でないと、これから生き残っていけないと思っています。なので、今後はアニメやゲームを充実していこうと思っています。
--ありがとうございました。