4月25日、東京・赤坂で「DP10トークセミナー イベント」なるものが開催されました。これはMOTUのDigital Performer 10の発売にともなう無料で開催されたトークイベントで、私と作曲家の多田彰文さんが司会進行を担当。多田さんとのコンビなので、ネット放送番組「DTMステーションPlus!」風な感じとなりましたが、トッププロ3人のゲストの秘話に、100人近い来場者が真剣に耳を傾けるという、内容の濃いものとなりました。
そのゲストにお招きしたのは、AKB48グループで最多楽曲数の編曲を行う作編曲家の野中”まさ”雄一さん、槇原敬之さんのコンサートやアニメロサマーライブなどでマニピュレーターとして活躍されている毛利泰士さん、ギター教則本地獄シリーズの著者、小林信一さんの3人。それぞれ、まったく異なる方向でDP10を活用するプロ3人ですが、彼らにDP10の活用術をいろいろと伺ってみました。普段あまり聞けない面白い話がたくさんでしたが、その一部を「作編曲」「コンサートマニピュレート編」「ギター録音編」として3つに分けて紹介してみましょう。
先日「34年の歴史を誇る打ち込みの老舗、デジパフォが大きくVer UP。Digital Performer 10は機能強化と同時に年配者にも優しい仕様に!」という記事でも紹介したMOTUのDAW、Digital Performer 10(以下DP10)。まさに老舗ソフトだけに、古くから使っているベテランユーザーと思われる人が、会場に多かった一方、新規にDPを使い始めた方も多いようで、イベント会場には幅広い年齢層の方々が集まっていました。
もちろんDPをメインに使っている方も多い一方、アメリカなど国外においては、ほかのDAWと使い分けているユーザーも多いそうで「打ち込みのときにDPを使う」「マニピュレート用途で…」というように、シチュエーションに合わせて使い分けていくのもよさそうです。では、さっそく、今回のイベントのトーク内容を紹介してみましょう。
■作編曲で効率よく制作する
野中”まさ”雄一●作編曲家、ソングライター
NHK Eテレ「きょうの料理」シリーズをはじめ、AKBグループの作編曲、またアニメ・映画、CMなどの楽曲制作を手掛けている。
--まささんは、DPはどのバージョンから使い始めたんでしょうか?
まさ:まだDigital Perfomerになる前のPerfomer5からです。これが初めて使ったMIDIシーケンサーで、それ以来ずっと使い続けています。一番使い慣れているので、レーコディングやほかの人とのやりとでProToolsを使うとき以外は、ほぼDPで作業しています。
--毎日お仕事でDPを使われているとのことですが、たとえばAKBや乃木坂・欅坂などの編曲の仕事の場合どういった手順で進めていくのでしょうか?
まさ:最初は作家さんからデータが送られてくるので、まずそのデータをDPに読み込みます。あくまでも届く音源はMP3などの2mixのデータなので、それを一回聴いて、シンセでメロを打ち直します。その次は、後々歌入れのためにメロ譜が必要になることがほとんどですので、メロ譜をDP上で作成します。後は、テンポ感が元の音源と同じでいいか、変えたほうがいいのかを考慮した上で、テンポ決めをしていきます。元の音源のテンポを使う場合、DPの機能を用いてテンポを割り出して設定しています。
--ちなみにメロを打ち直すときの音源って何を使われているのですか?
まさ:ビブラフォンみたいな音を使うことが多いです。
--その後オケを作っていくことになるんですか?
まさ:そうです。最近はちゃんとアレンジされているものが来ることが多く、ほとんど完成されていて、何もしなくてもいいじゃんというものがある一方、中には正直なんじゃこれ?みたいなものも来たり……(笑)。、それによって悩むポイントが違ったり、秋元さんの要望で、「デモがロック調だけどバラードにしてくれ」ってこともあるので、その場合は元の音源を聴かず、編曲に集中していくこともあります。オケのアレンジ自体は、頭の中で考えるので、まずはドラムとベースの音色を作っちゃいますね。僕はもともとドラマーなので、どんなジャンルの楽曲でも、とりあえず生っぽいドラムを入れます。ただアイドル系の楽曲だと生ドラムのキックでは少し物足りなかったりするので、サブのキックを足したり、リズムの補完としてシェイカーを入れたりします。あとベースは鍵盤で弾いて、大体のリズムを作っていきます。最後のほうに、シンセ、ストリングスだったりを足して、最終的に30、40トラックぐらい音を重ねます。プラスはここに、レコーディングするものが乗っかってくるって感じですね。音源的にはDP標準の音源のほか、全部ソフト音源を用いています。
基本すべてソフト音源で30~40トラックで構成していくという
--たとえば、AKBの編曲だとどのぐらい時間をかけるのですか?
まさ:アレンジは1日しか納期がないので、基本的に1日以内で作ります。
--そのアレンジはあくまでも歌を入れるためだけの仮音源的な扱いで、完パケではないですよね?
まさ:送った音源で勝手に進んでしまうこともあるので、基本完パケです。たとえば、僕の一日の作業の流れをいうと、半日で基礎的な音源を作り、後の半日で仮歌を録っている間に本チャンのギタートラックが送られてくるので、それを取り込んで、完成させるといった流れです。僕はあくまで鍵盤弾きなので、ギターらしいフレーズなどは打ち込んだものをもとに加味してくださいとメールに書き送信して、ギタリストに弾いてもらっています。
--そのスピード感でお仕事をされているのは、スゴイですね。ちなみにDP特有の機能としてチャンクというものがありますが、まささんはどんな使い方をされていますか?
まさ:僕の場合は歌の都合でキーが変わったり、やっぱりアレンジがロックの方がよかったとか、リテイクという依頼もくるので、前のテイクを消さずに、ひと区切りついた段階でチャンクで整理し、履歴としてすべて残していきます。その際コメントを残すこともできるので「後半転調している」などと書き込んでいます。
--DP10になって印象が変わったことありますか?
まさ:追加された機能でよく使っているのは、ピッチを相対的に上げられる機能ですね。最初に作ったときは全部同じキーで、途中で転調したい、半音上げたいという話になったときに、MIDIは簡単に変更できるのでいいのですが、オーディオは弾きなおしてもらっている時間がなかったりするので、相対的にピッチを変えられるようになったのは、すごく嬉しかったですね。後DP10の機能ではないですが、ショートカットをカスタムして作れるところはかなり気に入っています。たとえば、インプットクオンタイズやトランスポーズ画面を開くなど、多数ショートカットを作っています。
--ちょっと気になったのでお聞きしたいのですが、まささんのDPを英語モードで使っていますが、なんで日本語ではないのですか?
まさ:昔からの名残ですかね。英語そのものは苦手なのですが、Perfomer時代は英語しかなかったので、英語画面のほうがなんとなくしっくりくるんです。英語で使っていてもコメントを入力するときは、日本語を入れられるので、問題なく使っています。あとDPの色の感じも最近のものは黒っぽくてモダンな感じですが、僕はあえて昔のDPっぽい配色で使っています。DP10、とっても安定していて使いやすいですよ。
■ライブ・コンサートのマニピュレートで使用する
毛利泰士●プロデューサー、アレンジャー、マニピュレーター
シンセサイザープログラマーとしてキャリアをスタートし、「坂本龍一」のアシスタントを経て、現在は 多くのアーティストのマニピュレート、シンセサイザープログラミング、編曲、マルチミュージシャンとさまざまな形で活躍している。
--まずはマニピュレーターって何?と思っている人もいるので、あらためてマニピュレーターについて教えてください。
毛利:ライブやコンサートで、マルチトラックの音を再生する役割です。昔だとレコーディングするときにシンセの音を作ったりだとか、シーケンサーの打ち込みのことをマニピュレーターと言っていたこともありますが、今、それは「シンセサイザープログラマー」という名称に統一されています。そのため日本で今、マニピュレーターといったら「コンサートやライブをバックから支える人」と捉えるといいと思います。
--さっそくDPの話に移っていこうと思いますが、毛利さんはいつの時代からDPを使われていますか?
毛利:僕も、まささんと同様、まだMIDIだけだったときのPerfomer5です。僕もドラマーなので、まずリズムの打ち込みを覚えてその後シンセサイザーの使い方を学び、シンセサイザープログラマーになりました。
--いつからコンサートのマニピュレートをされるようになったのですか?
毛利:1999年にオフィス・インテンツィオに所属すると同時に坂本龍一さんのアシスタントに抜擢されて、そこでライブに関するテクニカル的なことやデジタルオーディオについて学びました。その後シンセサイザープログラマーとしてレコーディングに参加した槇原敬之さんのツアーにマニピュレーターとして参加することで、今に至ります。
--先ほど、まささんには編曲家のチャンク機能をお聞きしましたが、毛利さんもチャンクをかなり活用していると伺っています。マニピュレーターとしてのチャンク機能の使い方について教えてください。
毛利:僕はプレイリストとしてチャンク機能を使っています。楽曲を順番に並べて、使うといった感じですね。日によってサイズが変わったり、リハをしていて、「あそこの間奏倍はほしいよね」と、なったりするので、そういったときにはバージョンを作ったりしますね。
--ライブやコンサートでの利用となると、トラブルが怖いところですが、本番でシステムが止まるとか、曲が違うなど、何等かのトラブルが起きた場合、どう対応するのですか?
毛利:時と場合によりますが、とにかくクリックだけは流し続けるのが基本です。PCを2台回しているので、そこは死守します。何かあると、みんなの視線が僕に集まるのですが、何とかなるなら、そこでOK、OK!って合図はするんです。流してるオケとバンドがずれてしまった場合、クリックだけ残して、さりげなくオケを消します。もう1台のPCで、その先で合うように調整していくのです。もともとAメロにオケがないとしたら、Bメロの4小節前をループさせて合わせる……、など臨機応変に対応するわけです。最近はトラブルは減りましたが、昔はよくありましたね。僕は楽器を演奏しながらマニピュレートをすることもあるのですが、そのときは難しかったりしますが…。
--ちなみにPCを2台回しているのはマスターとスレーブって考え方であってますか?
毛利:そうです。基本的に2台同時に回していて、1台は常に表に音が出ていて、もう一台はバックアップで回しているって感じです。なのですが、この仕組みで20年以上使っているので、できればこれからは、DJ的に2台使って、自分の意志で走らせるところまでいけたらいいな、と思っています。
--機材は変わったにしろ20年ですか。ちなみに同期のさせかたについても教えてください。
毛利:DPに付属のSMPTE-Zというプラグインでタイムコードを生成し、MOTU AVBインターフェースを使用することでマスターからスレーブを同期させることが可能です。同期は、マスターに合わせてスレーブがついていき、マスターが止まってもマスターが動いてると勘違いしてスレーブが追っかけ続けるというイメージです。またDPの場合は、Wait For Noteという機能があり、MIDI信号を感知したら再生するという機能があるので、スレーブ側でWait For Note機能をオンにして待機させておき、マスターの方からMIDIノートを設定して送ると、ほぼ同時に2台スタートさせることができます。この場合はスレーブはマスターについていくわけではなく、スタートの合図をもらい並走してるので、操作上の制約が少ないのが利点です。
--ちなみに毛利さんはテンキーを使われいますが、テンキーは必須ですか?
毛利:必須ですね。ショートカットは自分でカスタムしてますが、次のマーカーに飛ばしたり、1小節単位で早送り、巻き戻しする設定をしています。ほとんどロケートを動かすのは、テンキーでできるようにしていますね。あと少しチャンクの話に戻りますが、DPの便利なところは、チャンクが終わったら次のチャンクに自動的に切り替えることができるところですね。一つのチャンクに1曲いれておけば、1曲(チャンク)終わるごとに、次の曲頭で待機か、そのまま再生するかをリアルタイムで選べます。演奏しながらマニピュレートするときは、操作する回数を減らせるのでかなり重宝しています。
--クリックの音色についてお聞きしたいのですが、人によって違うものですか?
毛利:違いますね。基本的にはドラマーを尊重して、クリックの音は決めます。カウベルがいいという人もいれば、現場によってはクリックの音が決まっていたりするので、それを準備しておきますね。バンドメンバー個人によっても音色が違ったり、たとえばアニサマだと5回線ぐらいクリックを用意しましたよ。
--クリックの準備だけみても、時間がかかってそうですが、やはり準備期間は長いものですか?
毛利:そうですね、準備が7割です。音作りに関しても、他の人からデータをもらう場合は事前にEQだったりをかけています。たとえば、CDってTDが終わったら、マスタリングするじゃないですか。マスタリングされてリリースされたものが、通常の完成品なので、僕らマニピュレーターの場合はデータをもらうとしても、TDしたものまでしかもらえないので、マスタリング後の音を想定して、必要なトラック、必要でないトラックを準備していますね。そして最後会場で微調整していく感じです。
--最後に毛利さんが思うDPのよさを教えてください。
毛利:やっぱりチャンク機能は圧倒的に便利ですよね。ループとかもすぐにかけることができたり、一時停止ボタンが便利ですね。意外とみなさん気づいてないのですが、一時停止ボタンを押しておくと、再生ボタンを押した際にタイムラグなしで音を再生できるので、フレキシブルに演者の方と合わせられるので、よく使っています。
■ギターの音作りに活用する
小林信一●ギターリスト、シンガーソングライター
1995年からテレビ、CMソングのギターレコーディング、作編曲などスタジオワークをきっかけにプロとして音楽活動をスタート。自身のロックバンド「R-ONE」での活動をきっかけに、楽器メーカーのESPやSCHECTERのモニターを務め7弦ギターの開発に協力。ESPでは特別講師も務めている。また教則本地獄シリーズの著者でもある。
--小林さんがシーケンサーやDAWを使い始めたのは、いつ頃なんでしょうか?
小林:90年代後半ですね。2004年に地獄シリーズの本を出す4、5年前から使い始めていたと思います。
--ちなみにギターはいつから弾かれているのですか?
小林:17歳からです。そのころは全然シーケンサーとかに興味がなくて使ってなかったのですが、18、19歳になりリズムマシンを作曲のために使い始めて、そこからシーケンサーソフトに興味を持ち始めました。その後、着メロバブルの時代に仕事が入ってくるようになり、MIDIでちゃんと作らないといけない時代が来たんです。そこで、先輩たちがPerfomerを使っていたので、その流れで自分でも使うようになりました。当時はローランドのSC-55を使い、Performerで着メロを打ち込んでいくというスタイルでした。耳コピで打ち込んでいくのですが、これが当時はいい稼ぎになったんですよ。もっとも、当時Performerを使っていたのは、着メロの仕事用であって、これを自分のステージで使ったり…ということはなかったのですが。
--小林さんは、MIDIの打ち込みはどういうスタイルなのですか?
小林:僕はマウスを使って、ピアノロールでポチポチと打ち込んでいく派です。着メロの仕事をしていた当時は数値のエディターを立ち上げて細かく調整していましたが、最近は当時ほど数値入力ということはしないですね。
--PerfomerからDigital Perfomerに移るきっかけはなんだったんですか?
小林:着メロの延長線上にあるのですが、DPになってオーディオがそのまま貼れるようになると同時に、自分のスキルも上がってきて、楽曲制作をするようになったからです。そして、そのころから教則本を作ることになり、ここに利用したんです。当時の教則本は、まだ、あまり付録の音が充実していなかったので、カラオケを豪華にして、ちゃんとバックのオケがロックなものを作ろう!と提案し、楽しく練習できるような教則本を作ったんです。
--あの地獄シリーズはDPを使って作られていたわけですね!
小林:そうです。当初はたしかOS 9のころだったと思います。DPでいうと3、4ぐらいですね。そのころはまだ、プラグインエフェクトを使うことなく、アンプは真空管のほうがいい!と思っていたので、基本はアンプを鳴らして、マイクで録ったものをDP上でEQやコンプで調整する感じでした。
--ギターはアンプを鳴らして録っていたとのことですが、ドラムやシンセはどうしていたんですか?
小林:シンセはソフトウェア音源を使っていて、ドラムもAddictive Drumsを使っていました。あとオーディオインターフェイスもDPと同じくずっと、MOTUユーザーで、FireWireの1Uタイプの初代の828のころから使っていています。今も現行のモデルの896mk3 Hybridです。たまに、別のオーディオインターフェイスを使うことがあったのですが、MOTUの方が全然音がいいんですよ。ギターの音の質感が違うんです。たとえば、オーディオインターフェイスまでを同じ条件にして録ってみると、MOTUのものであれば質感が同じなんですが、他社製だと変わるんですよね。特に立体感が違くて、DPとMOTUのオーディオインターフェイスだと立体感があるんですけど、他のものだと平面になっちゃうんです。
--実際にDPとギターとの組み合わせについてもう少し伺いたいのですが、最近はどうやってギターを録ることが多いですか?
小林:最近ではDP内で完結させるケースが多いですね。もっとも録りのときは、レイテンシーが気になることもあるので、ZOOMのエフェクターなどを使い、モニターだけはハードで行い、クリーンな生音をDPにレコーディングしていきます。その後、ソフトウェアのアンプを立ち上げます。ギターアンプのプリセットにジャンル別が選べるところがあるので、好きなジャンルを選びアンプを追加。そして、ギター歪ませたいときは、アンプの前段にドライブ系のエフェクターを掛けます。ただこれだけだと、少しショボイので、LIVE ROOMというキャビネットやマイキングのエミュレートプラグインを入れます。
クリーンで録った音にLIVE ROOMなどを用いて音作りをしていく
--LIVE ROOMはDPに入ってるプラグインなんですか?
小林:そうです。LIVE ROOMを使って、空間やキャビネットで鳴ってる感じを足していきます。これも最初はプリセットから選んで、その後細かく調整していく感じがいいと思いますよ。そのあと、後段にEQを入れたり、コンプを入れたりして、どんどん音を作りこんでいく感じです。LIVE ROOMは、ギターを録ったときに何か足りないとか、LINEだと張り付いて聴こえるギターサウンドを少し薄めたり、エアー感を足すのにかなりおすすめです。ギタリストであれば、かなり重宝すると思いますし、これのためだけにDPを買っても、お釣りがくるぐらいだと思います。
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Digital Performe 10製品情報
旧バージョンのDP / PerformerからDP10へのアップグレード
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