Teruo “Mu-” Murakamiこと、レコーディングエンジニアの村上輝生さん。11月のInterBEEでお会いした際、「先日、JBLのモニターを試してみたら、めちゃめちゃいい音でさ、今度導入することにしたんだよ」と嬉しそうにおっしゃっていたのです。「導入したら、ぜひ遊びに行かせてください!」って伝えていたのですが、ホントに「遊びにおいで!」と連絡をいただいたので、あまり状況も分からずに村上さんの自宅スタジオに見学に行ってきました。
JBLの5インチのモニター、とおっしゃっていたので、「以前記事で取り上げたJBLの305P MkIIなのかな?でもMu-さんが使うには、ローエンドモデルすぎる!?」などと思っていたら、やはりちょっと違いました。その直系上位バージョンのJBL 705P Poweredというもの。1本16,000円程度の305P MkIIに対し、こちらは130,000円程度と8倍以上のお値段。といっても世界のトップエンジニアが満足するクォリティーのモニターがこの価格で入手できるなら、安いようにも思います。でもなぜ、村上さんがいまJBL 705P Poweredを導入することになったのか、少しお話を伺ってみました。
エンジニアのTeruo “Mu-” Murakamiさんの自宅スタジオにお伺いした
1980年からエピキュラススタジオのハウスエンジニアとして働いた後、1985年スタジオを休職して単身渡米、LAにてTOTO、ドンヘンリー等を手掛け、TOTOのアルバム” FAHRENHEIT “でGoldDiskを獲得。帰国後、1986~1995年までエピキュラススタジオのチーフエンジニアを経て1999年に45才で独立。その後、フリーランスエンジニアとなり現在に至る。J-POP、JAZZ、クラシック、ゲーム音楽等、演歌以外は幅広くこなす。TOTOのリズム、Tower of Powerのブラスセクション、スロバキアフィル、ワルシャワフィル等、海外での録音経験はとても多い。レコーディングで行った国の数はおそらく日本一。DSDで収録したハイレゾタイトル数はおそらく世界一多い。
早稲田大学空間科学研究所客員研究員。(2000年~2010年 )
大学院国際情報通信科(2000年~2010年 音響表現、音響情報処理 )
早稲田大学理工学部表現工学科(2003年~ 音響表現・録音技術論)
昭和音楽大学 非常勤講師。(2013年~)
先に簡単に説明しておくと705P PoweredはJBLの7 Seriesの一つで、アクティブモニター(アンプ内蔵のモニター)としては、5インチモデルであるこの705P Poweredと8インチモデルである708P Poweredがあります。またパッシブモニターも用意されており、こちらも5インチの705i Passive、8インチの708i Passiveのそれぞれが存在しています。
JBLのモニタースピーカー、7 Series。左が708P Powered、右が705P Powered
今回、村上さんが導入していた705P Powered(以下705P)は、以前「JBLの魔法のスピーカーが進化を遂げた!?DTM用モニタースピーカーに最適な305P MkII誕生」という記事で取り上げた305P MkIIのまさに上位版。見た目的にもよく似ていて、スウィートスポットを広くする効果を持つ、イメージコントロールウェーブガイドもほぼ同じものが採用されています。とはいえ705Pは搭載しているドライバーはよりハイグレードなもので、周波数レンジも39Hz~36kHzと幅広く、内蔵アンプも250Wと強力なものとなっています。
--今回JBLの705Pを入れたということでしたが、これまでモニターは何を使ってこられたのですか?
村上:長年、YAMAHAのNS-10Mを使ってきたし、今後もこれは使っていきます。やはりどこのスタジオにもあるし、みんなが分かるモニターですからね。昔、YAMAHAにいた時代に自分も少し関わってできたモニターだから愛着があるという面もあります。ただNS-10Mは、かなり真面目にミックスしないと、まともな音で鳴ってくれないんです。だから手元にあるCDの半分以上はロクな音で鳴らないんですよ。最近のいいモニターなら、どれもゴージャスな音で鳴るのにね。だから、音を判断する上でNS-10Mは役に立つんです。
--つまりNS-10Mは温存した上で、新たなモニターを入れたということですね。
村上:そうですね。JBLを入れるのは本当に久しぶりなんですよ。もともとYAMAHAのエピキュラススタジオに入ったときに使っていたのがJBL4331でした。これが非常に優れたモニターだったんですが、スタジオにあるのと同じものを揃えようと、当時、自分でも買ったんです。スタジオのは白と黒のモデルでしたが、買ったのは表面が青いウッドモデル。いまでも実家で鳴りますよ。そこが自分の原点でもあるから、JBLの音はとても好きだし、使いやすい。とはいえ、JBL4331は大きすぎますし、これをマンションでガンガン鳴らしてたら、当然近所からクレームが来ちゃう(苦笑)。
--YAMAHAを退職されたのが1999年なんですよね?その後はご自宅で仕事をされることが多いのですか?
村上:さすがにYAMAHAを辞めると、家でも仕事をしないといけなくなっちゃうからね。とはいえ、ここが本格的にワークルームとして機能するようになったのは、娘が嫁に行ってから。もっともずっと家に閉じこもって仕事をしているわけではなく、外のスタジオにも行くし、ライブの収録なんかも多いしね。自分で営業したことはないから、来る仕事しかしないわけだけど、国内外いろいろなものが来ますね。YAMAHA時代は「俺はロックしかやらない!」って感じだったけど、最近はジャズとかクラシックが多いかな。松居慶子さんのアルバムでご一緒したり、香港映画のサントラ収録でスロバキアへ行ったり、昨年は台湾のフュージョンバンドから録音を依頼されたり……。仕事があれば、世界中どこへども行くし、出かければPAも録音も両方やらなくちゃいけないことが多いかな。
--海外を含め、外でのライブレコーディングなどの場合、機材もいろいろ持っていかれるのですか?その際のモニターなどはどうされているんですか?
村上:そうですね、サラウンドで録る場合などはマイクはDPA Microphonesの4006Aを5本持っていきますね。またレコーダーは最近だとKORGのMR-2000SとMACKIEの1604VLZ4というコンソールを持ち込むことが多いかな。モニタースピーカーは必要に応じてだけど、普段押し入れに入れてあるYAMAHAのMSP5 Studioを連れていくこともよくありますよ。
--DSDでのレコーディングなんですね。
村上:MR-2000Sが1台だと2chしか録れないので、マルチで録る場合には複数台を用意して同期させる必要があるけれど、DSDなら確実にすべてを録ることができるからね。一昨年にはヒカシューのレコーディングで、MR-2000Sを18台接続して32chで録ったこともありましたよ。DSDで録ると普通のPCMで聴こえない音がするんです。ただし、NS-10Mだとどれだけ頑張っても聴こえない(笑)。だから、これで録ってきた音を自宅でミックスする場合には、10Mだけではどうにもならないので、B&WのNautilus 805を使ってきたんです。今回、このB&Wに引退してもらって、JBLを705Pを入れることにしたんですよ。ヒビノの担当者にお願いして、705Pと708Pの両方を試させてもらったところ、どっちもいいけど、やっぱり8インチはデカすぎる。705Pで十分すぎる音が出て、芯はあるし、低音もしっかり出るし、解像度も非常に高い。そして何より昔慣れ親しんできたJBLのサウンドなんです。自分にとって悪いところが見当たらない。
DSDレコーディングのためのレコーダー、KORG MR-2000Sがラックに数多く並んでいる
--やはり村上さんにとってJBLのサウンドというのは特別なところがあるんですね。でも、それならJBL4331の後に、ほかのJBLのモニターを使うという手もあったのでは……?
村上:もちろん、考えたし検討したんですよ。でも、これまでのLSRシリーズとかは、何か好きじゃなくてね……。それが今回の705Pは本当にワクワクするスピーカーですね。昔ながらのJBLモニターの音なので仕事にも非常に使いやすいし、普段音楽を聴く上でも楽しみながら聴くことができる。しかも、どんな音源でもいい音に聴こえちゃうというわけではなく、しっかり傾向が分かれて分かりやすいというのも大きなメリット。毎年グラミー賞をまとめたCDが出るので、これを手に入れて聴くんだけど、705Pだと、いいもの、悪いものがハッキリと違って見えるというのもいいよね。
今回B&W 805(右)から705P(左)へチェンジすることに
--ところで、村上さんはゲームやアニメ関連のお仕事も結構されていますよね。
村上:そうですね、ドラゴンボールだったり、ガンダムだったり……。ゲーム関係で手掛けた作品は多いけど、エンジニアの名前はゲームが最後まで行って初めてクレジットが表示されるものがほとんどだから、なかなかそこまで行きつかないんだよね(笑)。そして最近だとサラウンドだったり、イマーシブでのミックスというケースも結構増えているんですよね。5.1chの場合はNS-10Mをサラウンドでセッティングしているので、この部屋でも対応できるけど、イマーシブになってくるとさすがに難しいので青山のbeBlue STUDIOで行うことが多いですね。
JBL 705Pはミックスの最終チェックに使うとともに、普通に音楽を楽しむ上でも最高だという
--今後、村上さんは、NS-10MとJBL 705Pをどのように使い分けていくのでしょうか?
村上:普通のスタジオだと、今もNS-10Mが使われているので、まずはスタジオから持ち帰った音をこれで鳴らす。これを10Mよりはるかにいい音で鳴ってくれる705Pでチェック。もちろん、ほかにもいろいろなスピーカーもあるので、それぞれを鳴らしつつ、場合によってはクルマの中で爆音で鳴らしてみることもある。そして705Pは完成を確認する上でも使っていくことになりそうです。Blue Note東京はJBLのスピーカーを使っているんだけど、705Pはその音がするモニターでもあるので、自分の家を小さなBlue Noteにして音楽を楽しむことができるのが嬉しいところでもありますね。
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